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上矢部高校 硬式野球部

    2015-2016 野球部 練習試合結果|最新情報

■2016―2017年
いつも上矢部高校野球部を応援いただきありがとうございます。
過日に行われました春季地区予選の結果は以下の通りです。

春季地区予選
3月25日 vs 浅野 5−3 ○
3月28日 vs サイエンスフロンティア 11−1(5回コールド) ○ 
3月29日 vs 南 10−2(7回コールド) ○  
          
3勝して1位通過で県大会出場が決まりました。
春季県大会の抽選は4月6日(木)に行われます。
引き続き皆様の応援よろしくお願いいたします。
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いつも上矢部高校野球部に応援いただきありがとうございます。
3月練習試合の結果と春季地区予選の予定は以下の通りです。

3月11日(土)
  練習試合 vs 逗葉 於 上矢部グラウンド
1試合目 3−4 ●
2試合目 3−2 ○(8回日没)

3月12日(日)
練習試合 vs 生田東 於 上矢部グラウンド
1試合目 5−0  ○
2試合目 17−0 ○

3月18日(土) 
練習試合 vs 川崎商業 於 上矢部グラウンド
1試合目 4−1  ○
2試合目 6−3 ○

3月19日(日)
練習試合 vs 山手学院 於 上矢部グラウンド
1試合目 2−0  ○
2試合目 0−18 ●

春季地区予選
3月25日 vs 浅野 5−3 ○
3月28日 vs サイエンスフロンティア 12時半試合開始予定
3月29日 vs 南              10時開始予定

皆様の応援よろしくお願いいたします。
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<春季県大会地区予選結果>
03月28日 横浜翆嵐高校 14-7 ○ @桐蔭学園高校 ※ 8回コールド
初回に3点を先制される苦しい展開も、自慢の攻撃陣が爆発し、14得点で逆転勝ち。
しかし「エースなしで勝つ」というテーマに、Tの4安打など打撃陣が応えた形なので、
T・K・Y・Kにはさらなる奮起に期待したい(Kは踏ん張ってよく投げたが)。
部長として最後の公式戦で勝利を見届けられて良かったが、県大会に連れて行けず、
申し訳なかった。5年間お世話になりました。ありがとう。(U)

03月27日 桐蔭学園高校 0-7 ● @桐蔭学園高校 ※ 7回コールド
初回一死一・三塁の好機を生かせなかったのが痛かった。7回コールドという結果以上に
粘って「戦えた」とは思うが、結果「7回コールド」という差を現実として受け止めたい。
Yが投げれば、外野は身構えて後ろに下がる必要はない。打ち取った打球を確実に処理。
安打数も少なくはなかった。盗塁もしかけられた。あとはどう得点に結びつけるか。(U)

<練習試合結果>
03月21日 K高校 1-10 ● @上矢部
03月21日 K高校 8-8 △ @上矢部
昨日とは打って変わって、良いところなく敗戦。投手陣は連投に課題を残した。
2試合目に先発したYが、今春チーム第1号となる初HRをセンターに放った。(U)
03月20日 F高校 5-1 ○ @上矢部
県大会ベスト8のチームを相手に、Yが8回途中まで好投、継いだTも抑えて勝利。
課題は相次いだ牽制死などの走塁ミス。走塁ミスでチャンスがつぶれるのは痛い。
03月20日 S高校 7-2 ○ @上矢部 ※ 5回
5回までであったが、初回から4回まで小刻みに毎回得点する展開に持ち込めた。(U)

<練習試合結果>
03月13日 IH高校 8-2 ○ @上矢部
03月13日 IH高校 1-12 ● @上矢部
こちらが無死満塁で無得点に終わった直後に先制を許すも、その裏の攻撃ですぐに逆転。
流れが相手に行きかけたところでこちらに引き寄せ、そのまま離さず連勝。
課題はチームとして守備体系をどうとるか、瞬時に判断する力。(U)
03月12日 Z高校 8-2 ○ @上矢部
03月12日 Z高校 5-1 ○ @上矢部 ※3回
投げては主戦Yが危なげない投球で相手の強力打線を封じ、打っては主軸のO、Iが絶好調で
攻守に良い形でオープン戦をスタートできた。課題は守備におけるミスの連鎖。(U)

<練習試合結果>
11月22日 S高校B 3-4 ● @S高校
県立の強豪S高校Bチームと対戦も、1点差で敗戦し、今季終了。冬にレベルアップを!(U)

<西部地区交流戦結果>
11月08日 S高校 4-8 ● @上矢部
さまざまな走塁ミス、四球や失策がらみの失点で自滅。得点はもっと増やせたし、
失点はもっと減らせた試合。左投手、強肩の捕手相手に自慢の走力も発揮できず。(U)

<練習試合結果>
11月03日 YS高校 2-2 △ @上矢部
11月03日 YS高校 8-1 ○ @上矢部
球威のある好投手を打ち崩せず。ロースコアの接戦から1点の重みを学んでほしい。
スクイズをファウルにしたり、消極的な走塁をしたりすることが命取りになる。(U)

<西部地区交流戦結果>
11月01日 A高校 12-5 ○ @上矢部
主軸Iをケガで欠く苦しい展開も、トーナメント2回戦に勝利して次週の準決勝へ進出。
中盤までリードを許したが、7回に4点、8回に5点を奪う粘りで見事逆転勝ち。
3回から救援したK、7回に代打で出場したYが流れを変える活躍!(U)

<練習試合結果>
10月31日 K高校 6-5 ○ @上矢部
10月31日 K高校 5-0 ○ @上矢部
打線の調子が上向きで一試合目は11安打を集め、強豪チームに競り勝った。
なかでも四番捕手のIは3安打1打点でチームにおける攻守の要の役割を果たした。(U)

10月25日 O高校 10-5 ○ @上矢部
二年投手Sが復調傾向。陰での努力が見えた。さらなる成長まで、継続は力なり。(U)
10月24日 YG高校B 2-4 ● @上矢部
10月24日 YG高校B 5-13 ● @上矢部
チーム状態はどん底。声は出ない、全力疾走を怠る……声と足にスランプはない!!(S)

10月12日 I高校 1-3 ● @上矢部
「打線」になるためには、他の打者の成功・失敗から学ばねば!
10月12日 I高校 4-5 ● @上矢部
バント安打などで再三好機を作るもあと一本が出ず。最終回もスクイズ失敗で万事休す。(U)
10月04日 H高校 7-0 ○ @N高校
一年Kがうれしい初完封。最後はバテバテも気迫で投げ切り、ライバルに刺激を与えた。
10月04日 N高校 4-1 ○ @N高校
接戦をものにできたことは収穫だが、チャンスで作戦失敗が目立ったのが残念だった。(U)
10月03日 YO高校 4-6 ● @YO高校
修学旅行明けで一年中心。Yの先制打が出るも、失策がらみで逆転され、接戦を落とした。
10月03日 YO高校 2x-1 ○ @YO高校
Kが粘投し、継いだ初登板のKも及第点。Sは代走でサヨナラのホームイン!(U)

09月27日 YG高校 7-2 ○ @上矢部
09月27日 YG高校 3-7 ● @上矢部
序盤に先制されるも、中盤に逆転した。投手Tが完投できたのが収穫。
チームとしても前日の反省を生かし、良い形でゲームに臨めていた。(S)
09月26日 Z高校 1-13 ● @上矢部
09月26日 Z高校 0-3 ● @上矢部
1週間の悪い過ごし方がそのままゲームに出てしまった。しっかりとしたビジョンを持って
週末の練習試合に臨んでほしい。投手YとKは1試合目に結果を残せるように。(S)
09月20日 T高校 9-8 ○ @上矢部
09月20日 T高校 3-4 ● @上矢部
09月19日 K高校 9-5 ○ @上矢部
09月19日 K高校 9-3 ○ @上矢部

09月13日 FN高校 3-1 ○ @上矢部
09月13日 FN高校 1-5 ● @上矢部
前日に県大会を戦ってきた相手に辛くも勝利。先発の一年Tは要所を抑えたが、
できれば完投してほしかったところ。リリーフのKは無安打投球で試合を締めた。(U)
09月12日 D高校 6-3 ○ @D高校
リードする展開だったが、6・7回と連続で失点して同点に追い付かれたことが課題。
そこから3点を取って勝てたこと、四番を打つ二年IにHRが出たことが収穫。(U)
09月12日 D高校 2-9 ● @D高校
守備で投手の足を引っ張りビッグイニングを作られる、大量失点を喫する、というのが、
二試合目で多すぎる。打たせて「捕れない」では、二試合目は永遠に勝てない。(U)
09月06日 K高校 6-3 ○ @上矢部 ※文化祭招待試合
文化祭の招待試合、四人でジャッジしてくださった審判員の方々に感謝。
なんとか逆転勝利で面目を保ったが、ミスも多く、ファンは…増やせたか?(U)

08月31日 YG高校 3-8 ● @上矢部 ※5回降雨コールド
期待されて先発したKだが、四球が多く、力を出しきれず。
相手に打たれて学ぶことはたくさんあるが、四球の連発から学べることは少ない。(U)

<秋季県大会地区予選結果> 3位で予選敗退…… 
08月23日 横浜平沼高校 6-5 ○ @横浜高校長浜グラウンド
予選敗退が決定していたが、粘り強くプレーし、坂元監督に公式戦初勝利をプレゼント。
3連打で先制直後に見逃し三振をする選手、終盤二死一塁で塁を離れる一塁手など、
「気迫を表せない」「野球を知らない選手が多い」ことが県大会出場校との違いか。(U)
08月21日 橘学苑高校 2-12 ● @横浜高校長浜グラウンド ※6回コールド
二年Aのタイムリーで幸先良く先制も、競り合う中で出たエラーをきっかけに崩壊。
普段できるプレーを公式戦でいつものようにやることの難しさを痛感。(U)
08月20日 横浜高校 0-9 ● @横浜高校長浜グラウンド ※7回コールド
一年T・Kが投げてうまくタイミングを外したが、四球で自滅してもったいなかった。
警戒しすぎていたのか、制球力不足なのか。もう少し、やれたのではないか。(U)

<練習試合結果>NEW!
08月16日 YO高校 7-3 ○ @YO高校
08月16日 YO高校 1-14 ● @YO高校
公式戦前は最後の練習試合だったが、チームとしてそういう意識で臨めたのか疑問。
Kは二試合ともに気迫を前面に出していたが、S・Yは復活が待たれる。(U)
08月15日 I高校 3-1 ○ @上矢部
08月15日 I高校 4-8 ○ @上矢部
先発した一年・Yが完投勝利。一方、打線は無死二塁で走者を進められずに無得点、
八回裏無死一塁で併殺打など、もったいない場面も多かった。(U)
08月13日 S高校 2-7 ● @藤沢八部球場
08月13日 S高校 4-8 ● @藤沢八部球場
一試合目は強豪相手に終盤まで競っていたが、最後につき放されて、敗戦。
二試合目は、アピールしようという覇気も見えず、消極的なプレーも多く、残念。(U)
08月12日 ZK高校 5-7 ● @上矢部
08月12日 ZK高校 9-7 ○ @上矢部
投手陣は一年生が好投、二年生が不甲斐ない、という状態が続いている。
野手陣も含め、うまくいかないときに必死にもがく「姿勢」が大事!それがない!(U)
08月08日 S高校 7-11 ● @S高校
08月08日 S高校 5-7 ● @S高校
打撃の力があるチーム相手に公式戦を想定して戦ったが、敗戦。
打ち負けたというよりは、フライが捕れない、タイムリーエラーなどで自滅。(U)

08月05日 K高校B 9-4 ○ @横浜薬大スタジアム
Bチームとはいえ、力のある私学相手に逆転で勝てたことは一つの収穫。
走者の打球判断、サインミスなど課題は多いが、一年Tがテンポよく好投した。(U)

08月01日 C高校 9-5 ○ @上矢部
08月01日 S高校 5-3 ○ @上矢部
坂元新監督初勝利も、同じ走塁ミスを連発するなど、監督が満足できる試合内容には程遠い。
二試合目で完投勝利を挙げた一年Yは、エース争いで大きくアピール!
拮抗した試合を競り勝てたことはチームとしても良い経験になった。(U)

07月28日 FS高校 3-11 ● @横浜薬大スタジアム
07月28日 FS高校 1-26 ● @藤沢八部球場
今シーズン初戦。歴史的大敗。さぁ、ここからガンバロウ。(S)


■2014―2015年
<高校野球選手権大会 神奈川大会 結果>
  07月12日 県立秦野高校 0-1 ● @秦野球場 ※1回戦
   息詰まる投手戦で格上の相手に粘ったが、わずか4安打、1点が遠く、悔しい敗戦。
   秋の西部地区大会は得失点差1で2位。春の地区予選では得失点差1で県大会出場。
   1点の重みをひしひしと感じさせられたチームであった。今までお疲れさま!
   上矢部高校野球部、岡部主将のチームを支えてくれたみなさま、ありがとうございました!

<練習試合結果>
  07月04日 K高校 6-4 ○ @上矢部
   なんとか逆転勝ちを収めたが、二度のスクイズ失敗や走塁死など課題も残った。
   本番の緊張の中でも、波にのまれず、積極的な自分たちのプレーに期待したい。
  06月28日 H高校 2-10 ● @H高校 ※8回コールド
        同 上 2-8  ● @ 〃
        同 上 2-12 ● @上矢部 ※一年生試合
   8時半過ぎからスタート。エースが10失点では勝てません。途中、三年生にやる気のないプレー
   も出ました。残念ながら夏の大会は1時間で終わりそうですね。
   2試合目も、前日の反省は全くなし。一年生試合も大敗。
  06月27日 K高校 0-3 ● @上矢部
        同 上 3-7 ● @ 〃
   雨で午後からの開始。秦野高校の偵察女子、よくぞ情報を得ましたね(笑)
   上矢部にはそんな余裕はありません。
   エースが投げるも失策がらみで2失点、後を継いだ二年生もおよそベンチ入り選手とは思えない
   投球で1回で降板。2試合目は一年生中心で戦うも、覇気なし。

  06月21日 YO高校 2-1 ○ @YO高校
   同じ区内の実力校との対戦は1回に主砲Kのレフトへのツーランホームランで先制。
   9イニング中8回走者を出すも、エースMが1失点完投で、6月に入り初勝利を挙げた。
        同 上  8-11 ● @  〃
   初回幸先良く4点を先取するも2回にSが投手ライナーを受け降板。緊急登板のYが
   じりじり追い上げられて逆転。後半同点にするも攻守ともにミスが重なり敗戦。
        同 上  1-9 ● @上矢部 ※一年生試合
   1週間ぶりの1年生試合も、ほとんど打てず。無死一・二塁の好機もバントミスでつぶした。
   守備では投手が四球で走者を溜め、野手が失策で走者を返す悪循環で9失点。試合後は特守!!
  06月20日 B高校B 4-9 ● @上矢部
   強豪私学のBチーム相手では、甘く入ったボールを逃さず打たれ、失点を重ねた。
   終盤に連打で4点を返すも、ベンチが盛り上がったのはそのときのみで、寂しい敗戦。
  06月14日 K高校 4-9 ● @K高校
   8回までなんとか4-4で耐えるも、9回に一挙5点を奪われTHE END.
       S高校 3-9 ● @ 〃
   中盤まで3-3ながらも、ライトのまさかの落球などで大量失点。6月未だに白星なし。
       K高校 10-10 △ @上矢部 ※一年生試合
   2回終わって0-7だったが、3回以降小刻みな毎回得点で9回表に追い付いた!
   なおも一死一・三塁と攻めたが、ゲッツーで得点できず。14安打も、10失点では勝てない。
  06月13日 YN高校 7-7 △ @YN高校
   1-7の劣勢から終盤に追い付き引き分け。しかし、昨日と同じ投手が今日も1イニング6失点。
   プロならば2軍落ちですね…奮起に期待します!
       同 上  4-4 △ @  〃   ※7回
   先行されるも4-4の同点で7回までで日没。勝てるチャンスはあったはず!
       K高校 5-6 ● @上矢部 ※一年生試合
   一つの走塁・失策で、「勝ち」が「負け」に変わることもある。試合後は特打!!
  06月12日 S高校 0-15 ● @上矢部
   「公立の雄」と本校にて対戦。グラウンドが狭いため相手左打者は木のバットを使用、という
   ハンディをもらいながら、二番手投手が1イニングで11失点。打ってはわずか3安打完封負け。
  06月07日 H高校 1-11 ● @上矢部
   守備の乱れもあり、2回までに9失点。救援した1年左腕K、右腕Yは及第点。
       E高校 5-8 ● @ 〃 
   接戦にはなるのだが勝ちきれない試合が続く。打線の低調期も長く続いている。
  06月06日 K高校 0-2 ● @ 〃
   一死満塁の好機をつぶすと以降は打線が沈黙。失点はミスがからむ。
       同 上 9-3 ○ @ 〃 
   最近は2試合目に出場する選手に積極性が出てきたか。
  05月31日 I高校 1-16 ● @横浜薬大スタジアム
   2回に一挙9点を奪われ戦意喪失。打ってはわずか3安打。
       同 上 10-4 ○ @   〃 
   なんとか意地を見せた。薬大でナイターを経験できたのは貴重であった。
  05月24日 YM高校 11-5 ○ @YM高校
   勝つには勝ったが、投手Yは相変わらずピリッとせず。
   各自が自分のできること、すべきことへの自覚が足りない。
       同 上  5-5 △ @ 〃 
   終盤、1死3塁スクイズの場面を二度ともサインミスでつぶす。投手の気持ちを考えよ!
  05月23日 S高校 3-1 ○ @上矢部
   エースMが立ち上がりの不安をまたも露呈するも、そのあとはピシッと抑えた。
   打ちにくい投手相手には、小技で攻めるなど、各自が考えていやらしい攻撃を見せたい。
       同 上 9-3 ○ @ 〃 
   リードした展開で終盤に集中力が切れるのが課題。「2試合目」という意識があるなら最低。
         05月10日 K高校 2-6 ● @上矢部
   先制するも、7連打で6点とられるビッグイニングを作られて敗戦。
       同 上 4-19 ● @ 〃 
   守備のミスも絡んだが投手陣が踏ん張れず大量失点で敗戦。実力として受け止めなければ。
  05月09日 T高校 1-3 ● @上矢部
   チャンスでの走塁死も複数回あり、自分たちの野球ができなかった悔しい敗戦。
       同 上 4-0 ○ @ 〃 
   2年Sが2安打に抑え、うれしい初完封。こういう投球を続ければ、エースになれる。
  05月04日 O高校 13-3 ○ @上矢部
   強風が吹く、厳しいコンディションの中、縁ある指導者のチームと対戦できたことに感謝。
  05月03日 S高校 2-4 ● @上矢部
   8回一死2・3塁、9回無死満塁から得点できず。そういう場面で打つための練習である!
       同 上 3-4 ● @ 〃
   Tが好投するも、終盤につかまり逆転負け。一試合を通じて抑える難しさ。
       同 上 1-3 ● @ 〃  ※5回
   少しずつ一年生の出場機会も増えてきた。全力プレーでアピールせよ!
  05月02日 K高校 6-12 ● @K高校
   強豪校相手に食い下がるも、打力の違いを感じた。相手は甘い球をミスショットしない。
       同 上 5-7 ● @ 〃 
   先制したが、一つの牽制死で流れが相手にいってしまった。一つ一つのプレーの大切さ。

  04月29日 KMY高校 8-1 ○ @K高校
   制球よく初完封を狙ったSだが、もったいない失点だった。0か1かは大きな違い!
        同 上  17-3 ○ @ 〃
   打線活発なるも簡単に点をあげすぎる。Yは小手先の投球だった。
       T高校 3-8 ● @上矢部 ※1年生試合
   先発した2年Tの情けない投球が目立った。それに引き換え、17名全員出場した1年生は、
   全力でバットを振り、守備をし、全力疾走した。この日の気持ちを忘れずに、練習に励め。
  04月26日 N高校 5-6 ● @N高校
   初回に3点を先制するも、9イニング集中して守り切る力がない。だから勝ちきれない。
       H高校 11-8 ○ @ 〃 
   11点をリードする展開も、7回以降の終盤で8失点。7〜9回の弱さが目立つ。
  04月25日 M高校 4-6 ● @上矢部
   勝てる試合もバントミスや牽制死で攻撃のリズムを自ら崩すと、勝利の女神は相手に微笑む。
       同 上 4-3 ○ @ 〃 
   一年生Kのタイムリーで辛勝。今後の活躍に期待。

  04月19日 K高校 7-3 ○ @上矢部
   先発の2年Yが完投勝ちするも、詰めが甘く、終盤にミスも絡んで失点し完封を逃した。
       同 上 4-1 ○ @ 〃  ※7回
   2ランスクイズで先制し、2年T、3年Mの両投手が粘投してリードを守り切った。
  04月18日 K高校 2-1 ○ @上矢部
   相手投手を前にわずか5安打だったが、粘り強く守り、辛勝。新打順はどう影響するか。
       同 上 3-7 ● @ 〃
   この週末で唯一の敗戦。次の代を担う2年生の選手たちの自覚が足りない。
       同 上 5-2 ○ @ 〃
   新入生もデビューし、早速ヒットを放った選手もいた。これからの活躍に期待。

<春季県大会結果>NEW!
  04月12日 横浜市立桜丘高校 10-13 ● @桜丘高校
   序盤6点をリードされる展開も、Kの2ランHRなどで5回裏に追い付く。
   その後、6回、9回に3点、4点をとられたのが響き、敗戦。
   最終回も二死からSが3ランHRを放つなど粘ったが、力の差が出た。

<練習試合結果>
  04月05日 S高校 2-7 ● @S高校
   雨の降る天候の中、中盤までは競り合うも、終盤には四球も絡んで失点を重ね、敗戦。
       Y高校 1-9 ● @ 〃
   肩痛から復帰した2年Tが粘投するが、打線も低調で敗戦。雨と寒さにも苦戦した。

<春季県大会地区予選結果>
   地区予選1勝2敗ながら、得失点差で3年ぶりの県大会出場決定!
  03月29日 日本大学高校 3-10 ● @日本大学高校グラウンド ※7回コールド
   先制を許しながら、一時2点差まで迫るが、ボークを複数回犯すなど波に乗れず敗戦。
   しかし得失点差の関係で、3年ぶりの県大会出場が決定。「何か」を変えなければ。
  03月28日 横浜市立東高校 7-8x ● @ 〃  ※延長11回
   序盤6点リードも、相手の粘りで追い付かれ、最後はミスも絡んでサヨナラ負け。
   攻撃のミスで取りこぼした点が後で響いた。チームの力のなさを痛感。
  03月26日 県立旭高校 5-4 ○ @ 〃
   完全に相手ペースで試合が進んだが、8回裏になんとか好機を作り、逆転勝ち。
   最終回も満塁まで攻められ、紙一重であったが、エースMが粘投した。

<練習試合結果>
  03月22日 K高校 1-5 ● @上矢部
   チャンスでタイムリーが出ず、最後は最終回に適時失策で力尽きる。
   プレッシャーのかかる場面で普段通りのプレーができるか否かが、勝敗の明暗を分ける。
       同 上 1-0 ○ @ 〃
   要所を締めて三投手で完封リレーをするも、打線は早いカウントでの打ち損じが目立った。
  03月21日 H高校 1-10 ● @ 〃
   先発した二年Mが期待に応えられず。打線も湿ったままで良いところなく敗戦。

  03月15日 I高校 3-1 ○ @上矢部
   からくも勝利したがわずか5安打。主力打者の不振が目立ち、チームもなかなか波に乗れない。
       同 上 2-8 ● @ 〃
   平日の練習でやったことが試合で生かせず残念。試合のつもりで練習できていないのか。
  03月14日 Z高校 4-9 ● @ 〃
   緩急を使い分ける相手投手の前に三振の山を築いた。打席で振れなければ、勝てない。
       同 上 5-0 ○ @ 〃
   Sが5回無失点の好投!球威もあり、外角の制球も良く、大いにアピールした。
  03月08日 C高校 4-5x ● @C高校
   終盤までリードするも、8回に1点、9回に3点を失い、逆転サヨナラ負け。
   打てないのは仕方ないが、冬トレで振り込んできたのに打席で振れないのは残念。
       G高校 2-24 ● @C高校
   投手が打ち取った当たりや正面の打球に対してエラーを重ね、失点を重ねた。
   実戦感覚を取り戻し、サインミスや走塁ミスはなくしていきたい。

  11月23日 K高校 6-3 ○ @上矢部
   エースMが粘り強く投げるも、好機でなかなかタイムリーが出ないという課題が残った。
        同 上 8-13 ● @ 〃
   四球でピンチを招いて失点、という嫌な流れを繰り返して敗戦。冬への課題は山積!
  11月22日 県立I高校B 3-8 ● @ 〃
   普段なかなか試合に出られない選手を中心に戦った。2年Tもついに今季初ヒット!

<西部地区交流戦 結果>NEW!
  11月16日 県立松陽高校 7-6 ○ @上矢部
         同 上  4-8 ● @上矢部
   最終週は親善試合の形でおこなった。エースの座を狙う一年投手陣の積極性が見たい。
  11月09日 県立瀬谷高校 2-3 ● @上矢部
   ここ一番の好機でことごとく打てず、得点は押し出しで得た2点のみで、悔しい敗戦。
       県立希望ヶ丘高校 4x-3 ○ @上矢部
   この試合もなかなかタイムリーが出ず。ここぞの好機で打つ!ための練習なのだが…
   今週は一勝一敗で三校が並ぶも、得失点差により希望ヶ丘が優勝。上矢部高校は九校中二位!
  11月02日 県立保土ヶ谷高校 8-7 ○(6回、2時間制)@保土ヶ谷高校
   2回までに7点を失うも、終盤に集中打が出て逆転勝ち。自軍の投手の調子が悪い時に、
   野手が失策で足を引っ張るのは最低のパターン。そういう時こそ、チームの真価が問われる。
       秀英高校 7-3 ○ @保土ヶ谷高校
   1試合目と同じく、ミスの連鎖から逆転を許すも、再逆転してグループ1位を決めた。
   ショートのレギュラーを狙う二年Mが打撃好調で大きくアピールした!

<練習試合結果>
  11月15日 県立I高校 8-13 ● @等々力球場
   6回まで相手に毎回得点を許す苦しい展開。エラー連発の二年内野陣、もっと奮起せよ!
       川崎市立S高校 8-7 ○ @ 〃
   序盤からリードする展開も、ミスの連鎖などで最後は1点差。「1点の重み」を知らない。
  11月08日 県立F高校 1-2 ● @F高校
   二年生の三投手が2失点と踏ん張るも、相手投手をとらえられず敗戦。課題は打撃陣か。
       同 上   4-7 ● @ 〃
   こちらは一年生三投手で挑むも敗戦。「良いボールもある」という評価から脱したいところ。
  10月26日 県立I高校 0-15 ●(7回コールド) @I高校
   歯が立たず、練習試合ながらコールド負けにしていただいた。
   「一生懸命やった」と言うのは簡単。実際はどうだっただろうか。
       同 上   8-20 ● @ 〃
   中間の飛球を何度もお見合い。ぶつかってケガするプレーは見ていない。
   一試合目で集中力が切れてしまったのだろうか。情けない。
  10月25日 県立横浜M高校 6-6 △ @横浜M高校
   負けに等しい引き分け。先制するも簡単に追い付かれ、終盤の好機も生かせず。
       同 上   4-8 ● @ 〃
   バッテリーが安定せず。効果的な声掛けのためには、「野球を知る」ことが大前提。
  
   10月13日 県立横浜O高校  1-1(5回降雨コールド) @O高校
 この日はエースMが絶好調。初回に1点を失うものの、その後は相手打線をよせつけず。ボールのキレ・制球
 ともに目を見張るものがあった。課題は打線。5回裏上矢部攻撃中に雨が強まり、降雨コールドとなった。
  10月12日 県立O高校 3-8 ● @O高校
    先制するも、またもタイムリーエラーが響き、逆転負け。もったいない走塁死もあった。
        同 上  14-4 ○ @ 〃
    ショートで出場したMの4安打をはじめ、2桁得点で勝利。捕手Sもよく引っ張った。
  9月28日 県立C高校 5-5 △ @C高校
   序盤のタイムリーエラーなどによる失点が響き、勝ち切れず。打線は復調の気配か。
       同 上   8-17 ● @ 〃
   二試合目の大量失点が続く。バッテリーで試合を壊しては、練習試合をする意味がない。
  9月27日 Y高校 4-6 ● @上矢部
   8回表に3点勝ち越すも、その裏に5点を失い敗戦。同点の走者、逆転の走者の意識を。
  9月21日 市立T高校 1-7 ● @T高校
   3回に一挙7点を奪われる。新チーム結成初戦では、良い試合ができた相手校。
   この2ヶ月で大きな差ができてしまったのはなぜだろう?
       同 上   1-19 ● @ 〃
   1回表に11失点。長い指導歴で監督初の屈辱。
   学校に戻って、得点差「24」本の坂道ダッシュをしました。
  9月20日 県立K高校 2-7 ● @K高校
   再三作った1死2・3塁の好機を生かせず。強いゴロを打てればもっと得点力は上がるが…
       同 上   8-6 ○ @ 〃
   終盤の集中打で逆転も、ダブルスチールのケアに失敗し何度も同じ形で失点。
  9月14日 市立S高校 v13-1 ○ @上矢部
   二年Yを中心に打線が活発で、久しぶりの2ケタ安打2ケタ得点。
       同 上    9-5 ○ @ 〃
   先発のSは要所を締め、2失点で踏ん張るも、継いだYが2回3失点でピリッとせず。
  9月10日 県立K高校   7-10 ● @横浜薬大スタジアム
   終盤によく追い上げたが、失策も絡んだ序盤の1イニング8失点が響き敗戦。
       同 上    9-1 ○ @    〃
   1年生3投手がよく投げた。打線も二死から得点するなど粘り強さを見せた。
  8月31日 県立K高校   4-0 ○ @上矢部
   2年生エースMが制球に苦しみながらも完封。相次ぐ走塁ミスをなくしたい。
       同 上    3-2 ○ @ 〃
   8回裏に1年生Tが逆転タイムリーを放ったが、序盤のチャンスをもっと生かせていれば…
  8月30日 県立K高校   3-8 ● @ 〃
       同 上    6-8 ● @ 〃
   ゲーム開始から相手に主導権を握られて連敗。バッテリーがしっかりしないと試合にならない。
   しかし1年生の抜擢で、少しだけ打線に良い効果が期待できるかも…

<秋季県大会地区予選結果>
  8月24日 桐蔭学園高校  0-10x ● @桐蔭学園高校
   期待されて起用された選手が本来の力を発揮できず。秋季県大会は地区予選敗退。
  8月23日 県立霧が丘高校 1-3 ● @桐蔭学園高校
   初回の2失点が重くのしかかり、厳しい一敗。走塁ミスで好機を逸したのも痛かった。
  8月21日 県立元石川高校 5-1 ○ @桐蔭学園高校
   「油断大敵」を合言葉に公式戦初勝利。二年K、Yがよく打ち、Kがよく投げた。

<練習試合結果>
  8月19日 県立H高校   6-6 △ @県立H高校
   相手のミスからの好機を、こちらもミスでつぶした。狭殺プレーが明暗を分ける。
  8月17日 県立S高校   1-6 ● @県立S高校
   「強豪との対戦」と、自分たちで勝手に差を作ってしまった。ユニフォームに負けた?
       県立H高校   4-5 ● @  〃
   1年生Tの活躍で4点を取るも、8回裏にミスから逆転を許し敗戦。メンタルの問題か。
  8月16日 県立N高校  16-9 ○ @県立N高校
   無駄な失点をいかに減らせるかが課題。二死でのタイムリーエラーはなくしたい。
       県立Y高校   6-5 ○ @  〃
   1年生右腕Fが5回1失点の好投。1年生投手陣は切磋琢磨してレベルアップを!
  8月13日 県立F高校  11-14 ● @藤沢八部球場
   ピンチでの守備に勝負強さがなく、大量失点。カバーリングの意識ももっと高めねば!
       同 上    5-6x ● @  〃
   一つのことにしか目がいかないのはダメ!常に状況を正確に把握しよう!頭を使おう!
  8月9日 県立S高校   3-12 ● @県立S高校
   積極的にバットを振って来る相手に19安打を浴び、力負け。謙虚に受け止めるべし。
       同 上    7-8x ● @  〃
   最終回3点差のリードを守り切れずサヨナラ負け。消極的なミスは、敗戦につながる。
  8月2日 県立K・M高校合同チーム   5-2 ○ @上矢部
   わずか3点差で試合後半のまったりした雰囲気は最低。1点に対してもっと貪欲に!!
  8月1日 県立C高校   4-7 ● @ 〃
   合宿初日で400スイングして挑むも、わずか1安打で敗戦。力の差を痛感した。
       同 上    0-3 ● @ 〃
   レギュラーを狙う2年生外野陣が結果を出せず。1年生左腕Yは完投でまずまず。
  7月30日 県立M高校   4-4 △ @上矢部
   終盤に粘って追い付いた点は評価できるが、失策がらみの失点がもったいなかった。
        同 上    1-6 ● @ 〃
   散発2安打で敗戦。外野フライの帰塁失敗など凡ミスも目立つ。
  7月29日 県立A高校   5-0 ○ @ 〃
   先発したKが1安打完封。守備も無失策で応えた。打線はやや湿り気味か。
        同 上    2-0 ○ @ 〃
   1年生左腕のYとTが完封リレー。チーム待望の左投げ投手の今後の成長に期待大。
  7月27日 市立T高校   5-4 ○ @市立T高校
   ミスから度々ピンチを迎えるが、先発のMが粘り強く完投し、初陣を勝利で飾った。


■2013―2014年
<第96回全国高校野球選手権神奈川大会結果>
7月17日 武相高校  1-5 ●(場所:大和スタジアム)
 初回に先制し、粘り強く戦ったが、勝負強さに差が出て惜しくも二回戦敗退。
 強豪相手に臆せず、逃げず、三年生を中心によく戦った。お疲れさま!
7月14日 川崎市立商業高校  12-3 ○(場所:俣野公園・横浜薬大スタジアム)
 スコア以上に苦しい試合ではあったが、なんとか三年連続初戦突破。
 三年生全員が出場、打席に立ち、9人中7人が安打を放った。
        
<練習試合結果>
7月6日 県立S高校  9-9 △(横須賀スタジアム) 
  苦しい時に声が出ないから、最終回2アウトから追い付かれる。本番、緊張に負けるなよ。
    Z高校   3-12 ●(横須賀スタジアム) 
  2年生中心とはいえ、惨敗で本番に臨む。新チームの公式戦までもあと40日なのだが…
6月29日 県立H高校  3-3 △(上矢部) 
  守備のミスが失点につながる。無死満塁、1死1・3塁の好機で得点できなかったのが響いた。
    サインプレーももちろんだが、ここ一番でのタイムリーが欲しい!
      同 上   1-1 △(上矢部)※7回 
  1イニングに3つの振り逃げを許すなど、課題は捕手!新チーム!捕手をどうする!!
6月22日 県立H高校  6-11 ●(上矢部)※7回、1年生試合 
  チャンスでタイムリーも出たが、守備のミスが多すぎて自滅。まずは守備!
      同 上   2-1 ○(上矢部) 
  相手の好投手をなかなか打ち崩せず。しかし先発Fも粘投し、息詰まる接戦を制した。
      同 上   10-11 ●(上矢部) 
  あげる必要のない点を与え、とれるべき点をとらない。ミスも多く、こちらも自滅。
6月21日 県立H高校  4-2 ○(上矢部) 
  先発Mがよく投げたが、ミスで出したランナーが失点につながった。ここが課題か。
      同 上   0-7 ●(上矢部) 
  打てず、久しぶりの零封負け。このメンバーが次の新チームになるのだが…
6月15日 県立Y高校  6-2 ○(Y高校) 
  2死2・3塁、1死満塁などのチャンスでタイムリーが出た。先発Fも完投!
      同 上    3-2 ○(Y高校) 
  失策が多いなかで、投手がよく粘った。打てない、守れないでは勝てないぞ。
6月14日 県立K高校  8-2 ○(K高校) 
  投打が噛みあい、勝利。先発Hは序盤の不安定さを修正して、見事完投勝利。
      同 上    6-0 ○(K高校)※5回 
  先発Kが完封。調子がよく、予定のイニングを超えて、一人で投げ切った。
     県立K高校  1-7 ●(上矢部) 
  控え選手中心で臨んだが、大いに結果を出してアピールした者もいた。その逆も……
      同 上    4-5 ●(上矢部) 
  一年生のみで挑むも、とにかく打てない。高校野球に通用するために、まずは振るべし!
6月13日 県立S高校  1-11 ●(横浜薬大スタジアム) NEW!
  わずか2安打で敗戦。同じ県立校でも、力の差を見せつけられる一敗となった。
6月08日 県立E高校  3-2 ○(上矢部) 
  先発Fの快投に加え、数少ないチャンスをものにして勝利。犠打がうまく決まった。
      同 上    2-7 ●(上矢部) 
  投手陣がピリッとせずに敗戦。いまいちアピールに欠ける準レギュラー組。
      同 上    0-3 ●(上矢部)※5回、1年生試合 
6月01日 県立磯子高校  1-10 ●(上矢部)※1年生試合 
  1年生のみで凡ミスも連発したが、こうした試合をさせていただける相手校に感謝!
      同  上    1-4 ●(上矢部) 
  昨秋の大会から三連敗。「人間的な成長」の「差」を痛感した、悔しい敗戦。
      同  上    2-1 ○(上矢部) 
  先発した2年Mが完投。真面目に努力を重ねた男、よくぞここまで成長した。
5月31日 県立金井高校  5-4 ○(上矢部) 
  リードを許す展開も、終盤に逆転。先発のMは要所で甘いボールを打たれたのが反省点。
      同  上    2-1 ○(上矢部)※5回 
  久しぶりに先発したKが粘り強く投げた。2年Tも決勝スクイズをよく決めた。
5月25日 横浜市立横浜商業高校B  6-5 ○(上矢部) 
  最終回に逆転して勝利も、得点パターンに課題が残る一戦となった。
     県立希望ヶ丘高校  3-2 ○(上矢部) 
  相手の声、相手の全力疾走を前に、指導者は「完敗」を感じた。夏に当たったら、勝てない。
5月11日 県立大楠高校  2-13 ●(大楠高校)※7回 
  練習試合ながら7回コールド負けに。相手校の強さだけでなく、上矢部の弱さで完敗。
      同  上    2-8 ●(大楠高校) 
  投打に良い所なく連敗。新チームになってから、「良いチーム」と言われたことがない。
      同  上    5-4 ○(大楠高校)※6回、1年生試合 
  初回に巧打で先制。五投手の継投でなんとか逃げ切る。1年生、よく闘いました!
5月10日 秀英高校  2-1 ○(上矢部) 
  安打が出ず、淡白な攻めを繰り返しながらの辛勝。フライアウトの多さが目立つ。
     同 上  4-3 ○(上矢部)※6回 
  成長が期待される四番Yの適時打などで勝利。2年投手M&M'sはやや課題を残した。
5月5日 県立相模原中等教育学校  12-3 ○(上矢部) 
  雨の中の試合となったが2年生M黒が制球力抜群の投球で完投勝利を飾った。
        同  上      1-3 ●(上矢部)※5回 
    横浜市立戸塚高校C  17-12 △(戸塚高校) 
  1年生主体のチームながら、2年生M山が粘り強く低めに投げ続け、自身初の完投勝ち。
       同  上     1-3 ●(戸塚高校)※5回 
5月4日 県立光陵高校  6-4 ○(上矢部) 
  接戦を制すも、ミスから危ない場面は多々あった。気を抜けば、負ける。
      同 上    13-5 ○(上矢部) 
  1年生も全員出場した試合で、なかでもTは3安打の活躍!今は、積極性を評価したい。
5月3日 県立商工高校  0-10 ●(上矢部) 
  初回の失点から相手にペースを握られ、完敗。なにかのきっかけにしてほしい一敗。
      同 上    2-3 ●(上矢部) 
  投手陣が粘り強く投げるも、好機にあと一本が出ず力負け。
4月29日 県立釜利谷高校  2-1 ○(釜利谷高校) 
  3回に無死1・3塁の好機を逃すと、あとは沈黙。悔しい、悔しい勝利。
       同 上     4-7 ●(釜利谷高校) 
  3年生から1年生まで出場したが、敗戦。2試合目の敗戦が続く。
4月27日 県立新羽高校  4-4 △(新羽高校) 
  序盤の課題を修正して後半で追い付いたのは良かったが、あと一歩でサヨナラ勝ちを逃した。
       同 上    4-12 ●(新羽高校) 
  いいところなく敗戦。ミスをしたら交代、というプレッシャーに打ち勝てるか。
4月26日 横浜市立東高校  4x-3 ○(上矢部) 
  2試合連続のサヨナラ勝利も、最終回に追い付かれる展開ではダメ。
       同 上     1-2 ●(上矢部)※5回 
  2年Mが復帰登板、1年生左腕Tも初登板で、投手力はいよいよ充実してきた。
4月20日 県立港北高校  5x-4 ○(上矢部) 
  現チーム史上初めて9回に得点をあげてサヨナラ勝ち!問題はタイムリーエラーの多さ。
       同 上    1-2 ●(上矢部) 
  先発Kの力投が光るも、打線が好機をなかなか作れず敗戦。1年生も早速、出場した。
4月19日 県立白山高校  1-2 ●(白山高校) 
  先発Fが粘るも、終盤の失点で逆転負け。試合後半での集中力が課題。
       同 上    2-8 ●(白山高校) 
  2年生の危機感に疑問符。明日から1年生が加わるのだが、必死さが、ない。
4月13日 県立茅ヶ崎高校  8-7 ○(茅ヶ崎高校) 
  先発Hが復帰2試合目でヒヤヒヤながら完投勝ち。主砲Uも3号ソロで花を添えた。
       同 上     1-15 ●(茅ヶ崎高校) 
  2年生主体のチームで臨むも、散々な結果に終わる。秋以降の新チームが不安。
4月12日 県立旭高校  8-1 ○(上矢部) 
  主将Kが4安打、投げてはエースFが完投で快勝。
      同 上   1-1 △(上矢部)※5回 
4月5日 市立桜丘高校  7-4 ○(桜丘高校) 
  Hが肘痛から復帰で5回途中1失点、打っては3打点の活躍!主砲Uも2号3ラン!
     同 上     0-7 ●(桜丘高校) 
  先発Mが7回まで粘投も7失点。新2年主体のチームに不安が残った。
       


 

    野球部 2014-2015


   五年間の感謝!  3月31日 

 平成28年4月1日より他の県立校に転勤することとなりましたので、ここで最後のご挨拶をさせてください。
 五年前に上矢部高校に着任した際、中学卒業と同時に野球をやめた僕は、硬式野球の経験、高校野球の経験がなく、まさか野球部の顧問、まして監督を務めることになろうとは、思ってもいませんでした。
 初対面のとき、
当時監督のM台先生「(名前だけ顧問だろうな…)はじめまして。…野球やってた?」
僕「中学までやってました」
M台先生「(輝く!輝く目!!)そう!!ちょっとこっち来て話そう!!」

 あの「ちょっとこっち来て」から五年がたち、僕は高校野球の世界に染まりました笑

それでも、M台先生を始め、この五年間で多くの指導者に出会い、勉強させていただき、
僕は高校野球と出会えて本当に良かったと、心から感謝しています。
 公式戦での勝利の喜び、敗戦の悔しさ、夏の大会で校歌を歌えたときの幸福、うれしそうにスタンドへ駆けていく部員たちを見た時の感慨……
 監督として、部長として、上矢部高校野球部に携わることができて、この五年間僕は本当に幸せでした。誘ってくれたM台先生、支えてくれた多くの方々(部員、マネ、卒業生、保護者、Mアさん、審判さん、先輩の先生方……)、本当にありがとうございました。

現在監督を務めるS元先生は、抜群の指導力があり、「S元監督の野球」というものを内外にはっきり見せることができる、すばらしい監督です。
僕の方が年上なのですが、尊敬の念を抱いていたため、常に敬語で話していました笑
彼がいる限り、上矢部高校野球部は発展し続けてくれると確信しています。A達先生ともども、上矢部高校野球部をよろしくお願い致します。
 お世話になりました野球部関係者の皆さま、卒業生、保護者の皆さま(現役、OB・OG)、どうか若きS元監督の支えとなり、上矢部高校の勝利のためにお力をお貸しください。
 遠くから、心の隅っこで、応援しています。(選手!マネ!引退までがんばれよ!)
 ページの関係で、あまり触れられなかった方々もいますが、これを書きながら、日々を回想し、本当にたくさんの方々にお世話になったと感謝の念を強く抱いています。
 五年間お世話になりました。本当にありがとうございました。

平成27年度 上矢部高校野球部部長 U井  



   上矢部高校野球部沿革 最終号 「あとがきにかえて」  3月31日 

 最後に、上矢部の剛腕S広を育てたコーチに触れたい。「航平」コーチだ。
社会人のクラブチームでも投手として活躍、学生最後に受けた読売巨人軍の入団テストでは最終まで残った。彼が付きっきりで2年余り、S広を育ててくれた。現在、教員になるために努力を続けている。

 「航平」コーチに限らず、この8年間、上矢部で様々な方と出会った。「人」とは「財産なり」という言葉があるが、正にその通りだと思う。名前を挙げればきりがない。この場をお借りして、ご協力くださった方々へ感謝いたします。本当にありがとうございました。

 この3月をもって、上矢部高校を異動することとなりました。

まずは、こうしたHPを利用させていただき、関係各方面には感謝致します。野球部は、すでに名門高校で主将までされた若いS先生にバトンは繋がれております。どうぞご安心ください!

教え子から、卒業の際に色紙などに書いていた言葉を最後に綴りたいと思います。Where there is a will, there is a way.「意志のあるところに道は拓ける」

上矢部高校のますますの発展と、野球部がさらに「良いクラブ」になることを心よりお祈り申し上げます。

T・M  



   上矢部高校野球部沿革 その50 「夏 2勝!」 N  3月23日 

 桐光学園の先発投手は、2年生の山田投手。背番号「1」の松井裕樹投手ではなかった。でも、試合前の整列時には、彼と2・3メートルの距離で正対したのだから、本当に羨ましい。
 初回、二回、三回と桐光学園を1点ずつに踏みとどまっていたS広ではあったが、四回裏、ついにつかまってしまう。後を継いだF川も4安打された。先の神奈川グラフにあるように、打者12人、7安打、8得点をされここまで「0−11」五回表の上矢部の攻撃次第では「五回コールドゲーム」となってしまう。
 上矢部打線も、140K近いボールを投げると評判だった山田投手によく食らいついていた。途中、K持があわやホームランかという当たりを放ったが、相手右翼手の水海君に、フェンスによじ登られてキャッチされた。

 この相模原球場は、近隣に中学校等が隣接するため、夏休みに入るまでの期間、試合中は吹奏楽部の演奏が12時までは禁止となっている。はるばるかけつけてくれた吹奏楽部も、12時までは「音無し」の状態を余儀なくされた。
 そうこうするうち、五回の表の上矢部の攻撃も二死。あと一人でゲームセット、時刻はちょうど12時。ここで登場したのは、代打「Mけん」。さあ、ようやく吹奏楽部の出番だった!しかし彼もあえなく凡退。この試合、唯一吹奏楽部の演奏をうけた選手だった。

 私の記憶が間違っていなければ、彼のテーマソングは私が決めたような・・・
曲のタイトルは「女々しくて」だったと思う。「上矢部史上最強」と、うたったチームも、さすがに全国レベルのチームには歯が立たなかった。負けたが、3年生の顔には「やり遂げた!」という充実感があふれていた。本当に良くがんばったと今でも思う。

 この日、長男の高校も負けた。彼も高校野球を引退だ!
 M台親子の高校野球が同時に幕を閉じた日でもあった。




   上矢部高校沿革 その49 「夏 2勝!」 M  3月22日 

 いよいよ、3回戦。相手は優勝候補、桐光学園。
 この試合は、映像もなければスコアもない。神奈川グラフを元に記憶を頼りに綴っていこうと思う。

 私の印象は以下の4つ
@相手の打者は、振ればヒット
A上矢部も負けじとバットには当てていた。
BK持のホームラン性の当たりを、相手の水海君に好捕されたこと
CMけん1人だけが、吹奏楽部の応援を受けたこと

神奈川グラフのコメントを以下に紹介しよう。

桐光学園は3安打2打点の水海をはじめ、打線が11安打と奮起し、五回コールド勝ちを収めた。四回に打者12人を送る猛攻で7安打8得点。右腕山田は3安打に封じた。上矢部は二回にスクイズを外したほか、横田の二塁打など随所に意地を見せたが力負けした。




   上矢部高校沿革 その48 「夏 2勝!」 L  3月18日 

最終回の上矢部の攻撃、前の回、最後を三振に取って気分を良くしたS広がツーベース。
K子がきっちり送り、一死三塁。打者はK出
「さあ、ここはスクイズも考えられますね稲本さん」「そうですね十分考えられますね」

初球、K出はスクイズの構え。投球は打者の背中側にはずすウエスト。
二球目もスクイズの構え。投球は外角に大きくはずす。
そして三球目。低めの難しいボールではあったが、K出見事に転がした(記録は内野安打)
貴重な追加点であった。


瀬谷、最後の攻撃。二死走者無しからMけんが二塁の守備につく。
「3年5組、M部長のクラスの生徒です」吉井アナの、きめの細かい事前の取材がうかがわれるコメントだ。
最後の打者をキャッチャーファールフライに打ち取りゲームセット。1回戦で148球を投じたS広、この日はわずが104球での完投勝利。

画面は「ヒーローインタビュー」。ユニフォームは泥だらけのキャプテンのK池から。この日4安打1四球。全ての打席で出塁している。実は2年前、別の学校の野球部に所属していた2歳上の彼の兄も、サヨナラヒットを放ち、ここで同じように「ヒーローインタビュー」を受けている。なんという強運を持った兄弟なのだろう。
彼は今、東京都で消防士として活躍している。そして「空振り三振」から一転、殊勲の立役者となったK林も呼ばれていた。
テレビ中継という舞台で、高らかに校歌を歌えたことは、本当に良い思い出となった。

また、初めてとは思えないほど落ち着いた解説だった稲本先生のことも付け加えておく。

2015年7月14日(日)(当時:神奈川新聞スタジアム)試合時間2時間
チーム 1  2  3  4  5  6  7  8  9  計 
上矢部 0  0  1  0  1  4  0  0  1  7 
瀬谷 2  0  0  1  0  0  0  1  0  4 
     安打数  四死球
上矢部   16    3
磯子     5    2

 磯子・瀬谷の2試合で上矢部は計、29本もの安打を放った。




   上矢部高校沿革 その47 「夏 2勝!」 K  3月16日 

 2回戦の瀬谷戦。中盤まで良い流れではなかったが、点を取り合っての1点差というのは価値があった。同じ負けていても「0−1」と「2−3」は心理的に大きく違った。またこの日のエースS広と主審との相性も、磯子戦とは比べものにならないほど良かった。あの時は「どこに投げたらストライク?」というほどゾーンが狭かった。8つの死四球を与えるような投手ではない。この試合では、彼本来の持ち味が発揮できていたように思う。

 グラウンド整備を終えて六回表、上矢部の攻撃を迎える。先頭K子がショートへの「内野安打」と言ってもよい当たりで出塁(記録はエラー)。八番K出がきっちり送りバント。
U監督の厳しい表情が、一瞬アップで映し出される。

 ここで九番W部が、サードへの絶妙なセーフティーバントを決める。彼は前の打席でも試みていた。相手シートノックの際に、サードのスローイングにやや難点があることを見抜いていたのだ。一番K林の初球に二盗を決めて一死二・三塁の場面。

「初回と同じような攻撃ですね〜」吉井アナの指摘が入る。

カウント1ボール2ストライクから投じられた外角の球をK林は空振りをする、が捕手は、はじいてしまった。
「空振り三振〜」
が、次の瞬間、審判団が集まった。どうやら「ファール」という判定。
K林命拾い。と、次の投球、スライダーが真ん中に入ってきた!K林の身体がクルリと回る。
レフト線へのツーベースヒット!2者が返り、「4−3」とついに逆転する。
「紙一重の戦いですが・・・一瞬三振で終わったかに思えたのですが・・・」K林の勝負強さを讃えるコメントだった。二番K池も左中間ツーベース。K持の犠牲フライでこの回4点をあげる。それにしても、K林の一打は貴重だった。


 この試合、まだまだドラマが待っていた。八回裏、疑惑のプレー(審判の判定に文句は言いません(笑))もあり、無死満塁の大ピンチを迎えてしまうのだ。「6−3」の3点差。逆転されてもおかしくない場面だった。次打者をセンターへの犠牲フライに打ち取る。さらにライトフライで二走を三塁へと進めるが二死までこぎつけた。ここで上矢部は「守備のタイム」。伝令として「Mけん」がマウンドへ走る。いつもの笑顔だ。

 マウンド上のS広は渾身の投球を続ける。1−1から、サインに首を3回振って投じた投球を「ファール」相手打者を追い込んだ。伝令役の「Mけん」の力もあったのだろう。続いて投じたボールは外角低めへのストレート。最高のボールだった。「空振り三振」!

1点を返されたが、ピンチを脱した。




   上矢部高校沿革 その46 「夏 2勝!」 J  3月14日 

 一回表、上矢部の攻撃は、一死一塁から、K池・U島の見事なヒットエンドランが決まり、
その後一走が二盗を決めて一死二・三塁。ここで4番Y田という絶好のチャンスを作り出した。ところがY田は外のスライダーに泳がされ一塁側への小フライを打ち上げる。そしてあろうことか、フライを捕りに来た一塁手と接触。結局守備妨害を取られアウト。後続も打ち取られ無得点。

 後々、この初回の無失点が尾を引く。その裏、四球がらみで一死一・二塁からレフト線へ2点タイムリーを浴びる。上矢部は三回表にY田のタイムリーで1点を奪うが、四回裏瀬谷はさらに1点追加。五回表に上矢部1点を返すが、ここまでの流れは決して良いものではなかった。

チーム 1  2  3  4  5  6  7  8  9  計 
上矢部 0  0  1  0  1                
瀬谷 2  0  0  1  0                

 やはり、高校野球は「チャンスは確実に得点に結びつける」ものでなくてはならないな。とDVDを見ながら、改めて勉強になった前半戦だった。




   上矢部高校沿革 その45 「夏 2勝!」 I  3月12日 

CMが流れる中、いよいよ第二試合の開始を告げる、TVK高校野球中継おなじみのオープニングシーンが始まった。この年は湘南高校の練習風景だった。2人の女子マネージャーがアップで映し出される。実は、当時長男が在籍していたので、今改めて見ると懐かしい思いもした。

「瀬谷は今日が初戦。ジャンケンに勝って上矢部が先攻を選びました。試合開始は午後0時半からとなっています。」TVKの名アナウンサー吉井さんの声が流れる。横には、初解説の高野連役員である稲本先生が座る。

瀬谷のシートノックの後、上矢部のノックとなった。バックスクリーンからバックネット裏の観客席が写しだされる。「お客さんだいぶ減ったな〜」正直な感想。最後のキャッチャーフライを打ち上げる。我ながら見事なキャッチャーフライが打てた。ホームベース上にピタリと落ちてきた。これまた、後にも先にも、こんな見事なキャッチャーフライをTV中継で打つことはできないだろう。

見目麗しき、マネージャーEのアップが写し出された。いよいよ試合開始である。




   上矢部高校沿革 その44 「夏 2勝!」 H  3月10日 

2回戦の舞台は「保土ヶ谷球場」。時は平成25年7月14日(日)。TVK(テレビ神奈川)の生中継。あらかじめ野球部保護者の方々に、私、申し上げておきました。「当日はとんでもなく混雑しますので、お早めに球場にお越し下さい。駐車場は満車かもしれません。」

上矢部は第二試合。だが第一試合に登場するのは桐光学園。エースは当時全国に名を轟か
していた「松井裕樹」君であった。(現:東北楽天イーグルス)桐光学園の初戦の相手は、私学の強豪である相洋高校。松井君の登板は間違いない。

 この春の準決勝。桐光学園-日大藤沢の試合は保土ヶ谷球場で行われたのだが、なんと「満員札止め」であった。およそ1万5千人が入る球場に人が溢れかえっていたのだった。しかも春の大会で。この年の神奈川高校野球は「平成の怪物」と謳われていたあの「松坂大輔」以来の大フィーバーだった。

 予想通り、第一試合では「松井裕樹」投手が登板。満員札止めとまではいかなかったが
外野席まで開放していた。第一試合が終わり、いよいよ上矢部の試合となる。相手は瀬谷高校。前年秋、2度対戦し、2度とも敗れている相手だ。しかし、私も監督のU先生も自信を持っていた。あれほどの自信を胸に、夏の大会の試合に臨めたことはこれまでも、そして恐らく今後も2度とないのではないか。それほどまでに選手たちの力を信頼していたのだ。

 この試合の模様は、TV中継の録画がある。それを見ながら振り返っていこうと思う。




   上矢部高校沿革 その43 「夏 2勝!」 G   3月9日 

上矢部の三塁走者であったK子は本塁へと突っ込んで行く。三塁コーチャーもグルグルと手を回していた。カバーリングから本塁へと送球される。タイミング的には「万事休す」。


本塁へと送球されたボールはワンバウンドとなった。本塁には投手が入っていた。投手がショートバウンドをさばくのは難しい。ボールを後逸する。楽々「アウト」のタイミングであったK子が生還。画面ではまたもや、彼のガッツポーズがアップで映し出される。

そこでプレーは終わらない。カバーリングのカバーリングはいない!後逸されたボールは、バックネット裏へと転がっていく。二塁への盗塁を試みたK林が一気に本塁まで到達する。2−1の試合が、一瞬のプレーで4−1となる。

ここで終わらないのが「上矢部史上最強打線」。打席のK池がライトへの三塁打、四球を挟み、四番Y田がレフトフェンス直撃の二塁打を放つ。5−1。

「ついに・・ついに・・捉えた!」相互の一瞬の「ミス」に対し、裁定をくだされる「野球の神様」の振るタクトが、上矢部側に向けられた瞬間であったのかもしれない。

九回裏、磯子に4点差を引っくり返す余力は残っていなかった。この回を無失点抑え、
「5−1」で強豪、磯子高校に上矢部は勝利した。

最後には、4点差がついた試合であったが、正に実力伯仲。「勝利の女神」はどちらに転んでもおかしくない「薄氷の勝利」であった。

試合後の映像。この3月に卒業する、現3年生たちが、1年生だったころの初々しい姿が印象的だ。

2013年7月11日 藤沢八部球場      試合時間2時間24分
チーム 1  2  3  4  5  6  7  8  9  計 
上矢部 0  2  0  0  0  0  0  0  3  5 
磯子 0  0  0  1  0  0  0  0  0  1 
        安打数  四死球
上矢部     13     1 
 磯子      6     8 




   上矢部高校沿革 その42 「夏 2勝!」 F  3月 7日 

実は、ここまでの原稿はすでに2月中に書き終えていましたが、入学者選抜を控え、更新をあえて自粛してきました。ご愛読いただいていた方々には大変申し訳ありませんでした。


「上矢部高野球部沿革」の復活です。


ガッツポーズで一塁ベースに立つK子。後にとんでもない「ミス」を犯す。この「ミス」
が、追加点へと結びつくのだから、野球とは実に不思議なスポーツだ!

無死一塁、九番K出が送りバントを試みるが、キャッチャー前への小フライ。クレバーな磯子の捕手はノーバウンドで捕ると見せかけて、あえて飛球を地面にバウンドさせてから二塁へと送球した。瞬時にこうした「判断&行動」をした相手捕手には敬服する。しかし次の瞬間「タ〜イ〜ム」と主審の大きな声がした。判定は「故意落球」であった。打者はアウト、一塁走者はそのまま。このルールの解釈は後日、長身のT様にお聞きするとして、一死一塁で試合は続行される。

九番W部が一塁への送りバントを決め、一番K林がショートへの内野安打。二死一・三塁の場面となった。二番K池の初球に「ダブルスチール」を仕掛ける。がK子くん・・

「やっちまった」・・・これがその時の私の印象。「あれだけ言ってきたでしょ」
なんの為に毎試合「読み上げ」(企業秘密)をやってきたの。


捕手が二塁への送球のフェイク(偽投)をする際に、「虎の子」の三塁走者K子が飛び出してしまった。

捕手が追う、さらに追う・・・K子は戻る、戻る。そして捕手は三塁へ送球する・・・
その瞬間信じられない出来事が起こった!


なんと、三塁手が捕手からの送球を捕れなかったのだ。白球は転々とレフト方向のファールグラウンドに転がるはずだった・・・しかしさすがは磯子。カバーリングがすぐ目の前に。それでも上矢部の三塁走者であったK子は本塁へと突っ込んで行く。三塁コーチャーもグルグルと手を回していた。

カバーリングから本塁へと送球される。タイミング的には「万事休す」。




   上矢部高校沿革 その41 「夏 2勝!」E   3月4日 

1月の下旬、この試合のエースS広のお父様が上矢部を訪ねて来てくれた。高校生の娘さんの部活動の引率等、多忙を極めているにも関わらず、貴重な時間を割いてくださった。本当に嬉しかった。

私 :「結果がわかっていても、あらためてDVDであの試合の模様を見るにつれ、手に汗握ってしまうのです。あの試合をスタンドで観戦されていたお父様のお気持ちはいかがでしたか?」

S父:「そりゃもう・・・ドキドキでしたよ!!」

私 :「やはりそうでしたか・・・  息子さん、良く頑張りましたね〜」

S父: 笑顔で・・・「ええ、そう思います。」

そんな昔話ができた、楽しいひとときであった。




九回表、上矢部の攻撃は7番K子から。スタンドにはK子のお母さんの姿も一瞬映し出された。映像では、ベンチにいる私は「お行儀悪く」右足をベンチ前の柵に上げ、何やら下を向いて考え込んでいる・・・

「あの時何を考えていた?」私が問いかける  「わからん」今の私がそう答える。

ファールで粘りながら、先頭打者のK子は変化球を上手にバットに乗せて、レフト前へと運んだ。大きなガッツポーズで一塁ベース上に。




   上矢部高校沿革 その40 「夏 2勝!」D   2月29日 


 この時の3年生たちは、私の長男と同じ歳。ゆえに多少の思い入れもあった。この学年の担任も3年次だけではあったが受け持つことができた。この1月、彼らは皆「成人式」に行ったのだろうか?
試合の様子を伝える中ではなかなか登場してこない人物がいた。名前を・・・そう「Mけん」とでもしておこう。私は、彼の担任教諭でもあったが、穏やかで話しやすい人柄なのか、教室でも男女問わず「Mけん・・Mけん」と慕われていた。必ずや、彼の試合での模様を伝えたい!とここに誓います。

 試合はその後も「磯子」ペースで進む。五回裏のピンチに続き、六回裏も二死満塁のピンチ。最後は相手打者を三振に打ち取るが、DVDを観ていても力が入る。結果は「0」になるのはわかっていても・・だ。この時、スタンドで観ていた人たちは、さぞやドキドキしたであろう。

試合は2−1の1点差のまま最終を迎える。九回表は上矢部の攻撃だ。





   上矢部高校沿革 その39「夏 2勝!」C   2月27日 

 この沿革を書きながら、つくづく思うことがある。「人の記憶とは、8年前だから風化され、1年前だから鮮明に覚えている」というわけではない!ということ。記憶とは「時間的に『遠い』・『近い』は超越しているもの」だとも言えるのかもしれない。

 また、これまではスコアブックを元に試合の模様を綴ってきたが、今回あらためて映像を見ながら振り返ってみると「高校野球」の良さがわかる。流れてくるブラスバンドの音とともにスタンドからの応援の「声」、そして応援席の模様。映し出される映像で初めて知る「ああ、この方も・・・この人も・・・この生徒も球場に来てくれていたんだ」と。


 試合は、以降「磯子」ペースで進む。五回裏磯子の攻撃。場面は一死1・2塁。ここで投手S広、遊撃手K池の絶妙なセカンド牽制が決まる!このコンビは最高だった。以降、このセカンド牽制を「伝統」にできずにいる。

 ピンチはまだ続く。二死一塁から3番打者の打った会心の一撃はセンターへ・・・センターK持が背走し最後はスライディングキャッチでピンチを凌ぐ。

 私、このイニングの記憶が全くございません。「人の記憶」とは曖昧である。




   上矢部高校沿革 その38「夏 2勝!」B   2月26日 

 四回裏 磯子の攻撃、二死走者無しの場面で強打の4番打者を迎えた。

 相変わらず主審のストライクゾーンは狭い。S広の表情に「え〜(今のがボール?)」という表情がDVDの画面から何度も見受けられた。我慢に我慢を重ねた投球であったろう。それでもここまで強打の磯子を「0」に抑えた。大した投手だ。

 初回の先頭打者にインコースを当ててしまいデッドボールにしてしまったが、それでもバッテリーは外角一辺倒ではなく、インコースも使いながら打者を攻めていく。3番打者はそのインコースを振らせて三振に打ち取る。見事な配球であった。そしてそこに幾ばくかの「油断」があったのかもしれない。

 4番打者のテーマソング「キューティーハニー」が流れる中、その2球目。インコースよりのストレート・・・打った瞬間「ホームラン」とわかる素晴らしい打球だった。それはレフトスタンドの後方に消えた。試合は「2―1」ここまでは正に「接戦」 予断を許さない状況になってきたのだった。

夏3



   上矢部高校沿革 その37「夏 2勝!」A   2月25日 

 前評判の高い「磯子高校」との対戦。私が打ち出したプランは「接戦に持ち込め!」だった。
幸い、本番の約1か月前に、試合会場となる藤沢八部球場で練習試合を行うことができた。
マウンドが低いこと、ライトがバックネット裏にある室内プールの屋根にかぶること、そしてレフトポール際は打球が伸びてホームランになりやすいこと等、準備は万端だった。

この試合は一回の攻防が試合の半分以上を占めていた。

一回表 上矢部  先頭のK林が詰まりながらもライト前ヒット。2番K池は一発で送りバントを決める。3番、2年生のU島。ファールが一塁方向に飛ぶ。相手左腕のボールが伸びていることがわかる。サードゴロで二死二塁。4番Y田が打席に入る。「Y田で手こずるようならば、今日の相手投手を打ち崩すのは至難の業だ」私はそう思っていた。期待に応え、Y田はセンター前に弾き返す。だがセンターからの好返球の前に、K林は本塁タッチアウト!

    「う〜ん・・・立ち上がりに先制したかった。」一抹の不安を抱えてその裏。

一回裏 磯子   先頭打者を追い込んだ。ファールで粘られた末に、上矢部バッテリーが選択したのはインコース。これがデッドボールになる。2番左打者にボールが先行する。そして一塁への牽制球がそれる。・・・一塁走者は一気に三塁へ。エースS広に「何とか押さえなければ・・」という緊張の表情が伺える。内野は1点覚悟の定位置。2番も歩かせる。初回から無死一・三塁の大ピンチを招いた。3番打者を迎えた。続く4番は強打者だ。走者をためたまま4番に繋げたくはない。

    3番打者のテーマソングか、相手スタンドからは「アフリカン・シンフォニー」が流れている。

    私は相手ベンチを伺った。「同級生」(当時部長)と若い相手監督はベンチ内の対局の所に位置していた。サインを出しているのは「監督」。「同級生」とは相談している様子はなかった。

    「行けるかもしれない」そう思った直後、カウント2−2から相手は動いた。ヒットエンドラン。打球は二塁手へのライナーとなる。捕って一アウト、三塁へ送って二アウト、さらに一塁へ・・・これがショートバウンドとなり、「トリプルプレー」は完成しなかったが、上矢部は一気に相手を意気消沈させた。二死一塁で強打の4番打者を迎える。さすがにスイングは鋭い、が、高校生はメンタル面が技術に影響を与える。センターフライで無失点に抑えた。表の攻撃で、ガッツポーズで引き上げてきた相手以上に、上矢部ナインは大きなガッツポーズと満面の笑顔でベンチに引き上げてくる。

ピンチの後にチャンス有り

「野球の格言」は常に正しい。二回表に上矢部は、2点を先制する。だが、事前に収集した情報もまた正しかった。それは相手打者によって証明されるのだった。




   上矢部高校沿革 その36「夏 2勝!」@   2月24日 

 ようやく「(平成)28・(西暦)2016」という数字に慣れてきたと思ったら、すでに暦(こよみ)は2月を迎えた。学校は4月に始まり3月に終わりを迎える。「今年度」の終わりを告げる3月は目の前だ。「沿革」の先を急ごう。

 K池を主将にスタートしたチームを、私は「上矢部史上最強」と公言した。だが、春は横浜創学館に善戦したものの、翌日の荏田高校に惜敗し春季県大会出場は叶わなかった。だが、その後もチーム力、特に「打撃力」は右肩上がりだった。練習試合の後に相手監督から「どうしたらこんなに打てるようになるんですか?」と何度も聞かれた。これは今思い返しても嬉しい言葉だった。「くじ運次第ではベスト〇〇も!」と私は密かに期待した。そして夏の対戦校が決まった。相手は磯子高校。

 この年の磯子高校(今でも相変わらず凄いのだが・・・)の評判は、誰に聞いても凄かった。「10点以上取られました」「とにかく打ちます」。聞けば聞くほど戰(おのの)いた。しかも磯子の指導者は私と同じ歳。高校時代からお互い知っている仲であった。

 余談だが、同じ年齢で今でも「高校野球」の指導に携わっている教員を、私を含めて4人しか知らない。K総合高校のK先生、E高校のK先生、そして磯子のY先生と私だ。
後にある人たちから伝え聞いた。いわゆる「外野席」では、この上矢部-磯子戦は「同級生対決!」と呼ばれていたそうだ。

 どんなに相手の前評判は凄くとも、今年の上矢部は、「上矢部史上最強」。この「自負」を胸に、夏の大会に臨んだ。時は、平成25年7月11日。場所は藤沢八部球場であった。
スコアは現時点では不明であるが、幸い当時の試合の「DVD」が残っている。これを元に試合の様子を進めて行こうと思う。

夏1 夏2



   上矢部高校沿革 その36「負けた試合」F   2月23日 

 [八回]
 (表)上矢部 創学の投手は、左腕F田から右腕のE君へ。1番からの好打順も、その剛速球に手も足も出ず。

 (裏)創学  1番からの好打順ながら、代わったF川が見逃し三振に打ち取る。後続にヒットを許すものの、4番打者から空振り三振を奪い無失点。4番打者は第一打席こそツーベースを打たれたが、その後の打席は、なんと4打席連続空振り三振に抑えた!

 [九回]
 (表)上矢部 先頭打者を四球で出すものの、右腕E君の「うなりをあげてくる剛速球」にはさすがに、手も足も出なかった。最後の打者K出も空振り三振。ゲームセット。

負けた

 だが、ちょうど1年前に0−12のコールド負けだった私学強豪に1−4。特筆すべきは、
1年前に滅多打ちされた1番・4番打者から計6個の三振を奪ったこと。

 私は試合後、当時監督のU先生にこう呟いたそうです。

 私:「U先生!今年度初勝利ですね・・・」

 U:「・・・・(無言)M先生、負けたんですよ?」

 私:「あっそうだったっけ?・・・でも『勝負に勝って、試合には負けた』みたいな凄い試合だった。あいつら(選手たち)ほんと頑張ったよな〜」

 U:(満面の笑顔で)「ほんと、そうですよね〜」

 「負けて」、「勝った」と錯覚を覚えたのは、教員生活25年で初めての経験だった。
でも『勝負』には間違いなく「勝った」試合であった。頑張ってくれた選手から私は、こうした感動をもらえた。感謝である。




   上矢部高校沿革 その35「負けた試合」E   2月22日 

 インタビュー形式を続けます。
 私  :「八回から、創学は右腕E君に変わった。やっぱり速かった?」

 S&Y:(お互いが、大きくうなずいた)

 私 :「どう凄かったの?」

 S広:「やっぱり、私学というか、『甲子園』を目指す学校の投手はこうなんだ!って感じました。」

 Y田:「良く当たったな〜(結果はライトフライ)って感じでした」

 私 :「140K近く出ていた?」

 S&Y:(お互いが、大きくうなずいた)

 私 :(スコアを見せて)「でも、上矢部も相手の1番、4番打者から計6三振を奪ってるよ!」

 S広:「よくやったな〜とは思います。上位打者には、気を遣ったのですが、下位打者に打たれたんですよね。」

 Y田:「相手打者の、打席の立ち位置で、途中、『配球』を変えたのです。これがうまくいきました。でも、下位打線も気を抜けませんでした。」

 [六回]
 (裏)創学 先頭をヒットで出し、送りバントで二塁へ進まれるものの、4番、5番を連続三振!

 [七回]
 (表)上矢部 三者凡退 
(裏)創学  上矢部の投手は新2年生F川へ。無失点で抑える。

 [八回]
 (表)上矢部 創学の投手は、左腕F田から右腕のE君へ。1番からの好打順も、その剛速球に手も足も出ず。




   上矢部高校沿革 その34「負けた試合」D   2月15日 

 年内最後の練習日12月27日(日)。この日、「負けた試合」時のバッテリーであるS広、Y田が訪ねて来てくれた。スコアを元に、この試合の感想を直接聞いてみた。

 私 :「この四連打は凄かったよね〜。で、無死満塁でS広のセカンドライナーだけれど、打った瞬間、手応えはあったの?」

 S広:「いや〜、正直バットの先でした。」

 私 :「この時、セカンドランナーはY田だったけれど、これは『戻れない打球』だった?」

 Y田:「一瞬、『センター前かと・・・』今思えば、戻れましたね。あの時は『イケイケ!』という雰囲気だったので」 (非常に申し訳なさそうな表情でした)

 私 :「この試合、『コンパクトディフェンス』を敷いたのは覚えている?」

 S&Y:(一瞬、お互いが顔を見合わせたが、同時に)「はい、覚えています」

 私 :「あのシフトはどうだった?」

 Y田:「確か、左打者に打たれた時、普通ならば『一・二塁間まっぷたつ』の当たりを
  K子がアウトにしたり・・・効果はあったと思います。」

 S広:(うなづく)

 私 :「相手の左腕投手から、結構ヒットを打っているんだけど、速いと感じなかったの?」

 Y田:「そんなに速いとは感じませんでした。」

 S広:「速さはそれほどではなかったですが、僕は左打者なんで、外側に来るボールは対応ができませんでしたね。やはり角度の問題でしょうか。」

 私 :「残念ながら、この四連打を最後に、上矢部にヒットは生まれていないんだよね。」

 S&Y:(お互いが、大きくうなずいた)




   上矢部高校沿革 その33「負けた試合」C   2月12日 


[六回]
 (表)上矢部 「四連打」で1点を奪い、なお「無死満塁」。打者は投手ながら打力のあるS広。1ボール2ストライクからの4球目、「カキーン!」金属音が響いた。打球はセカンドへ。「またヒット?!」・・・だが弾道が低い、セカンドライナー。

次の瞬間 「えっ?」

2塁走者が飛び出していた。「ライナーゲッツー」・・・・

ここにも「ダブルプレーマーク」は、スコアにない。

おそらく「落胆」のためだろう。


一瞬にして「無死満塁」は「2死1・3塁」となった。

だが「チャンス」には変わりない。次打者へとバトンは繋がる。

「打てよK子!」ベンチは声を振り絞る。

今では、立派に東京都の公務員となったK子。入部する時には、中学校の顧問の
先生が彼の体調を心配し、わざわざ訪ねて来てくれた。今でも思い出す、あの「応接室」。
「本当に野球が好きな子ですから、どうかよろしくお願いします。」
私よりも20歳以上、年上の先生が深々と頭を下げていった。


「打てよK子!」

彼は、良く粘った。だが結果は三振。上矢部の反撃は、わずか「1」点にとどまった。




   上矢部高校沿革 その32「負けた試合」B   2月10日 


 「コンパクトディフェンス」とは、あえて守備陣形を中央に集める形。ライト線、レフト線は極端に空ける。

 前日のミィーティングにて。
相手の打者に「引っ張り切られたら負けとしよう。投手としては、『完全に打たれた打球』よりも『打ちとった打球』をヒットにされる方が悔しくはないか?だから外野手も決して後ろではなく、定位置に守ろう!」エースS広の力を信じていたからこそ行なえたシフトだった。また、これも夏に「横浜」と対戦した財産と言えよう。当時の選手たちは、もう「創学」にビビってはいなかった。

[三回]
(表)上矢部 三者凡退
(裏)創学  エラーや四球で1死1・2塁。ここで4番打者を迎える。S広、空振り三振に打ち取る。これが最初の奪三振。後続も断ち無得点。
 [四回]
  (表)上矢部 4番Y田にツーベースが出るが無得点。相手の左腕投手を少しずつではあるが、捉え始めてきた。
  (裏)創学  1死から下位打線に痛恨の「三連打」を浴び、2点を追加される。
 [五回]
  (表)上矢部 死球の走者を2塁へ進めるも無得点
  (裏)創学  先頭の4番打者を空振り三振に!その後2つの失策が絡み1点を追加され、なおも2死満塁の大ピンチ。迎えるは強打の1番打者。ここを空振り三振に!なんとこの回のアウトは全て「三振」。
[グラウンド整備]
  前の回に追加点を奪われはしたが、三振という最高の形で終われた。スコアは0−4となってしまったが、1年前の「0−12」のコールド負けの試合に比べれば、踏ん張っている。確信はなかったが、何かが動き出す予感がした。
[六回]
 (表)上矢部 予感は当たった!2番K池、3番K持、4番、Y田そして5番U島のなんと「四連打」で1点を奪い、なお「無死満塁」。一気にたたみ掛けたい場面であった。




   上矢部高校沿革 その31「負けた試合」A   2月5日 


 スコアに従って記述する。試合開始時刻は13時14分・・・のようだ。紙でのスコアではなく、写真でのスコア入手のため判読しづらい。

[一回]
(表)の上矢部 1番K林が2球目をライト前ヒット!しかし送りバント等決まらず無得点。
(裏)の横浜創学館高校・・(以下、創学とする)。1番打者は、1年前に片手一本でライト越えを放った超強打者W(現:S)君。レフトフライに抑える。2番にセンター前ヒットを放たれるが、3番をライトフライ。1走飛び出し、ダブルプレー!スコアには「ダブルプレーマーク」がない!スコアを見ながら、当時の女子マネ・・・まだまだだな。(笑)
[二回]
(表)上矢部 先頭のU島がセンター前ヒットを放つものの、後続はセンターフライト二者連続三振で「0」
(裏)創学  先頭の右強打者S君にレフトへのツーベースヒット。送りバントを挟み、6番打者のタイムリーヒットで先制を許す。


 実は、この試合。上矢部は「イチかバチか」の守備陣形を敷いていた。

 それは「コンパクトディフェンス」!




   上矢部高校沿革 その30「負けた試合」@   2月3日 


 この「沿革」。今回が、ちょうどキリの良い30回目。
これまでは「勝った試合」の様子を取り上げてきたが、わずか数試合ながら鮮明に記憶に残っている「負けた試合」がある。

 今回は、ある「負けた試合」にスポットライトを当てようと思う。

 チームN岡の後を受けた主将は、K池。一言で言えば「持っている男」だった。いや、「持っている兄弟」とも言えよう。兄はTV中継の夏の大会、保土ヶ谷球場で「サヨナラヒット」を放ち「ヒーローインタビュー」を受けた。後に彼も・・・

 時は平成25年3月24日。会場は横浜市立桜丘高校。3校ブロックの事情で、桜丘高校は会場をお借りしただけ(平成27年春には対戦しているが)。相手は横浜創学館高校と荏田高校であった。

 荏田高校は、対横浜創学館高校戦はいわゆる「捨て試合」にしたようだ。でも、上矢部は横浜創学館に真っ向勝負を挑んだ!

俺たちには「1年前の借りがある」

 試合当日、上矢部は、エースS広がマウンドに。彼は、この試合圧巻の投球を披露するのだった。この8年間、本校にも、素質や才能に恵まれた投手は数多くいたが、「結果」を伴った投手は、このS広をおいて他にはいないであろう。

 今回は、先に試合のランニングスコアを掲載する。
チーム 1  2  3  4  5  6  7  8  9  計 
上矢部 0  0  0  0  0  1  0  0  0  1 
横浜創学館 0  1  0  2  1  0  0  0  ×  4 
          安打  与四死球   奪三振   失策
  上矢部     7     4       8       4
 横浜創学館   9     2      13      0




   上矢部高校沿革 その29「夏の大会の勝利」B   1月29日  


 平成24年7月14日。場所は保土ヶ谷球場(現:サーティーフォー保土ヶ谷球場)。
2回戦。横浜高校は、この夏の大会初登場であった。観客数はどこにも記録がないが、やはり神奈川における「横浜高校」の人気は高い。「記憶」では、かなりの数の観客が球場に来ていたと思う。上矢部の先発投手は2年生ながら背番号「1」のS広。右上手の本格派だ。

しかし、初回から イキナリ度肝を抜かれる!


 一回1死1・2塁から、1年生の濱君が打席に向かう。高校野球夏の大会の初打席だ。S広は逃げることなくストレートで勝負に行く。TV中継だったその試合の模様を何度も見返したが、決して甘いボールではなかった。ややシュート回転がかかったインコース胸元へのボール、これを濱君は「一閃!」する。次の瞬間、打球が消えた。そう、彼の打球はレフト場外へと消えていったのだ。濱君が、高校野球夏の大会初打席を場外ホーマーで飾った瞬間だった。

 初回3点、三回に3点、そして四回に2点を奪われ、0−8。五回コールド負け寸前だった。しかし上矢部は踏みとどまる。打線は、Y田のポテンヒットのみであったが、五回裏から登板した、主将N岡が、なんと五回、六回と3者凡退で切り抜けるのだ。あの濱君も、そして淺間君も凡打に打ちとった。TVの解説者は、ゴロをさばいたサードK池にも賞賛のコメントをくれた。

 彼は、努力に努力を重ねた選手だった。やはり、「野球の神様」はそうした者を見捨てはしない。翌日の新聞には、N岡の見事な投球を讃える、当時の渡辺監督のコメントが載ったほどだ。七回表、上矢部は0点に終わり、0−8、七回コールドでの敗戦であった。
顔に大怪我をした3年生T松も代打で出場することができ、3年生全員を出場させた夏は終わった。

7年ぶりの夏の大会勝利と、全国レベルの学校との対戦という2つの大きな置き土産を残し、チームN岡の代は、こうして幕を閉じた。

チーム 1  2  3  4  5  6  7  計 
上矢部 0  0  0  0  0  0  0  0 
横浜  3  0  3  2  0  0  ×  8 




   漢字検定模試 & 新年会        1月27日 

 漢字検定まで残り1週間となった23日(土)。顧問で、国語科教諭のU先生が準備してくれ「模擬試験」を行いました。私も一部ですが採点を手伝いました。結果は・・・・・

 合格ラインを越えたのはわずか1名。あと少しで合格ラインを越える生徒も数名いましたが、大半は合格ラインに遠く及ばず。正直がっかりしました。

 野球と一見結びつかないように見えるこうした取り組み。実は結びつくんだな。
20歳までに「必死で努力」した経験のない者は、その後の人生も「必死」になれないんだよ。


 翌24日(日)は午前中に紅白戦。お昼はまたも保護者の皆様に食事作りをお願いしました。「新年会」と名付けたので、いつもより多くのお母様、そしてお父様にも来ていただきました。この日のメニューは「カレーうどん」。ボリュームたっぷりでとても美味しかった。選手にはおにぎりもつきました。

 「このイベントを一番楽しみにしているのはM先生(私)ではありませんか?」
とは、あるお母様から。・・・・・・はいそのとおりです。
午後には、2回目の「焼芋」作り。バックネット裏で、保護者の歓声が響き渡っておりました。さて来週は「漢字検定」本番と「戸塚区駅伝大会」とイベントが続きます。

漢字1 漢字2 漢字3



   上矢部高校沿革 その28「夏の大会の勝利」A   1月27日  


 ここに1枚の新聞の切り抜きがある。それは神奈川新聞の夏の大会チーム紹介。上矢部のすぐ上にあるのは「横浜高校」。メンバー表とチーム紹介とともに4人の選手の顔写真も載せてある。

「こんな凄い選手たちと、彼らは戦ったんだなー」

あらためて、感慨がこみ上げる。当時の「横浜高校メンバー」をここに紹介しよう。

 背番号「1」は柳 裕也君。その年の春の選抜でも2勝をあげていた。現在は明治大学のエースかつ新主将。六大学野球で通算12勝をあげており、来年のドラフト候補。同じ3年生、宍倉和磨君、拝崎 諒君は大学でもチームメイト。関東学院大学で活躍中。

 濱祐仁君。当時1年生ながら4番に座り、新聞の「切り抜き」には顔写真も掲載されている。現在、北海道日本ハムファイターズに所属。同じく1年生ながら「切り抜き」顔写真登場、同球団所属の淺間大基君。上矢部戦は1年生ながら1番打者として出場。その後の活躍は目覚しく、ドラフト3位で日本ハムへ。今年ルーキーイヤーにも関わらず、46試合に出場して打率285の高成績をおさめている。ドラフト7位入団の濱君も、9月20日の対ロッテ戦で、2打席ながら1軍デビューを果たしている。

 同じ1年生で出場した川口 凌君。現在は法政大学で1年生ながらリーグ戦に出場している。上矢部との試合で登板した当時2年生の左腕、田原啓吾君。後に読売巨人の育成選手として入団。今秋、「新監督期待の星」として、スポーツ新聞でも取り上げられていた。同じ2年生では長谷川寛之君。後に神奈川県高野連が派遣した「スリランカ遠征」の代表チームの主将も務め、現在明星大学で活躍中。

 この試合の出場こそないものの、渡辺元監督のお孫さん、渡辺佳明君。明治大学1年生ながら、入学すぐの春から先発出場を果たしている。立教大学には、後に主将をつとめた松崎君も所属している。

 まだまだ、調べればあるのだろうが、きりがない。本当に凄い選手たちばかりだ。あえて繰り返すが、こうした凄い選手たちと、上矢部高校は戦った。




   上矢部高校沿革 その27「夏の大会の勝利」@   1月25日  


 赴任して4度目の夏の大会が近づいていた。この間、春・秋1度ずつだが「県大会」出場は果たしていた。だが夏は3度も勝利の壁を打ち破れずにいた。「今年こそ!」

 1年生を加え、総勢35名の部員で挑んだ1回戦。平成24年7月11日、場所は相模原球場、相手は麻生総合高校だった。上矢部の先発投手は、背番号「10」の主将N岡だった。真面目で人望もあり、後の卒業式では、なんと教員側からの強い推薦で「校歌斉唱」の指揮をとったほどの人物であった。エースナンバーこそ、2年S広に譲ってはいたが、右下手からの投球も、試行錯誤を重ねた成果が実りこの時には、ほぼ「完成形」となっていた。

 私はこの試合の記憶があまりない。それは「ただただ、夢中で戦っていた!」からだ。
気づくと、上矢部は二回に3点、三回に1点、四回に3点、五回に1点と計8点を奪っていた。「まだまだ・・・油断するな、油断するな」そう自分に言い聞かせていた。

 六回表。1死から6番に座った2年K持がライトスタンドにソロ本塁打を放った。ダイヤモンドを1周するわずかの間、試合が止まった。そのわずかの間、私はようやく「ホッ」とできた。「勝てるかもしれない」・・・そして同時に「3年生をなんとか全員出場させたい」と思った。この試合の前日の練習中、3年生T松が顔に大怪我を負いベンチに入ることもできなくなった。勝てば次の試合がある。T松は戻ってこられる。だからこそ勝ちたい。

 六回裏でN岡を下げた。被安打3、三振3、無失点の堂々たるピッチングだった。七回表、上矢部は2点を追加した。11−0で七回裏を迎えた。「あれっ?」ここでようやく気付く。「この回を4点以内に押さえればコールド勝ちだ・・・

 「やばい!」・・・何が「やばい!」のか?まだ出場できていない3年生がいたからだ。
試運転のエースS広が2死を奪ったあとで、3年生最後に登場したのが、春の県大会出場の立役者K田だった。見事に投げきり、11−0で勝利した。

 「神奈川グラフ2012」は上矢部の勝利をこう伝えている。
猛攻の上矢部 7年ぶりの勝利

[評]上矢部が13安打11得点の猛攻で、7年ぶりの勝利。二回2死満塁でK林の中前打で先制すると、以降も相手の制球難に乗じるなどして効果的に加点した。先発N岡は速球を
コーナーに散らして無失点。(以下略)

チーム  1  2  3  4  5  6  7  計 
上矢部  0  3  1  3  1  1  2  11 
麻生総合 0  0  0  0  0  0  0  0 




   上矢部高校沿革 その26「寒さにふるえた・・・」H  1月22日  

このことを心から伝えたくて書き始めた「寒さにふるえた」・・最終章

 上矢部は、秀英高校に勝利した。そして県大会出場決定!選手も私も、保護者も沸き立っていた。すぐ横では、敗戦の悔しさを噛み締めながら、秀英高校がミイーティングを行っていた。

 数十分後、秀英高校の指導者が、車で会場を後にしようとする時のこと。車は私たちの横で止まり、窓ガラスが開いた。「上矢部高校、県大会出場おめでとう!県大会でも頑張ってください!」それは、作られた笑顔ではない。心からの祝福の笑顔で、そう告げられた。

 逆の立場だったら、私はそんな風に振舞えただろうか?敗戦の悔しさに身悶え、勝った相手への敬意など微塵も起きなかっただろう。

 寒さの中に、温かい風が吹いた瞬間であった。私もこんな指導者にいつかなりたい!

 そう思った。


 最初に紹介した、ホイットマンの詩。実は続きがある。

『寒さにふるえた者ほど太陽を暖かく感じる。

人生の悩みをくぐった者ほど生命の尊さを知る。』





   上矢部高校沿革 その25「寒さにふるえた・・・」G  1月18日 

 冬休みの間、およそ四半世紀に及ぶ自分の野球部顧問としての生活をじっくりと振り返ってみた。「運動部の顧問」・・・・はっきり言って、嫌なこと、辛いこと、悲しいことの方がこれまで圧倒的に多かった。同じ「教員」でありながら、土・日に来校することもなく勤務時間を過ぎれば毎日のように退勤できる「教員」は沢山いる。そのくせ、野球部員が授業中に居眠りでもしようものならば、そうした「教員」から指摘が入る。「なんでこんなことを引き受けているのかな?」・・・初任校時代には「勉強も教えろ!」と年配の先生から怒鳴られたこともあった。
数限りなく 悩んだ日もあった。

 だが、この「沿革」を書きながらあらためて思った。

「私には『思い出』という財産がある。」

 特に公式戦においては、部活動を指導していない教員にはおよそ味わえないであろう、数々の「ドキドキ」感を味あわせてもらった。きっとこれが運動部の顧問を続けてきた要因なのだろうとあらためて思う。同時に、こうした「沿革」をなぜ綴るのか?その答えは

『思い出』をくれた当時の選手たちへ  私からの感謝の気持ちだ

 前おきが長くなった。「佳境」に戻そう。試合は8−7。
九回裏、秀英の先頭打者を「ストレート」の四球で歩かせ、次打者に送りバントを決められ1死2塁。同点のピンチ。この場面、マウンドにいたK田投手はどう思っていたのだろうか?どういう気持ちで次打者に立ち向かっていったのだろうか?直接聞いてみたい衝動に駆られる。

スコアブックには、「気持ち」は記録されない。結果は初球を打って、ピッチャーゴロ。2死2塁。打順は1番に戻った。1ボール1ストライクからの3球目、打球はサードK池へ飛ぶ。落ち着いて捕球をし、1塁へ。ファーストK合がミットに収め、上矢部は春季県大会を決めた!

このスコアブックに、試合終了時刻は記載されていない。マネージャーもそれだけ緊張し、興奮した試合だったのかもしれない。
チーム 1  2  3  4  5  6  7  8  9  計 
上矢部 2  0  0  0  0  4  1  1  0  8 
秀英 0  0  3  3  0  0  0  1  0  7 
      安打  与四死球  犠打  失策
上矢部  15     8     5    1
 秀英   13     6     2    1




   「焼き芋」 の完成に 歓声           1月10日

「暖冬」を象徴するようなポカポカ陽気のこの日。午前中は「紅白戦」を実施しました。私、M副部長は「ある物」の作成に夢中で「紅白戦」の詳細はよくわかりません。(笑) でも、選手たちのスイングスピードが上がっている様子が随所に見受けられました。午後も「猛練習!」と思いきや・・・「あれ?」

S監督と女子マネと保護者の数名が、バックネット裏で何やら格闘しております・・・・わかりました!「焼き芋」を作っていたのです。保護者会保有の「バーベキューセット」を使って、なんと人数分の「焼き芋」作りに格闘しておりました。その数、実に30数本余り。

「できたー!」・・・・「焼き芋」の完成に、歓声が上がっておりました。

私もいただきました。「美味い!」こんがり焼けた「焼き芋」に心が満たされた日曜日でした。




    上矢部高校沿革 その24「寒さにふるえた・・・」F  1月8日 

 新年明けましておめでとうございます。
 今年も、上矢部高校、ならびに野球部をどうぞよろしくお願い申し上げます。


 時は、平成24年3月27日(火)、秀英高校との試合は、五回を終えて2−6と4点リードされていた。「檄」を飛ばしたグラウンド整備後の六回表上矢部の攻撃。

 2死走者無しから8番I東が四球を選ぶ。これが「呼び水」となった。その後、怒濤の4連打!3番S木は3ボール2ストライクから7球目をセンターへ弾き返した。この回一気に4点を返し同点とする。沸き立つベンチそして観戦する保護者。

 「凄まじい試合になる」とは言ったが、まさにその様相を呈してきた。私はこの時、選手たちのことを本当に頼もしく思った。「この試合、絶対に負けてはならない!」2日前の試合時のように絶対に「弱気になってはならない!」そう自分に言い聞かせた。

 七回表、上矢部はさらにたたみかける。内野安打と犠打をおりまぜながら、いわゆる「スモール・ベースボール」の攻撃で1点をもぎ取る。更に八回表。エラーで出塁のS木をスコアリングポジションに置き、5番K持がレフト前へタイムリーヒット!2点差をつけた。

 「まだまだ安心できないぞ」・・・秀英の打力は本物だった!八回裏に4番打者の痛烈なレフトへのツーベースと、続く5番のレフト前ヒットで1点を返される。だが、ここでレフトK林が判断よく、打者走者を2塁ベース手前でタッチアウトにする。完全に忘れていたシーンだが、スコアブックにはきちんと「記録」がされている。試合は8−7で九回裏、秀英最後の攻撃を迎えた。

「チャンスの後にピンチ有り」

 九回裏、先頭打者を四球で歩かせる。ストレートのファーボールだった。マウンドには、五回裏から2年のK田が立っていた。「さすがにプレッシャーがかかるよな・・・」は私。「がんばれーK田!」保護者から応援する声が飛ぶ。犠打で1死2塁。「最終章」のこの試合は、いよいよ「佳境」に差し掛かった!




   冬休み   12月29日  

 今日は、久しぶりに現役選手たちの活動をお伝えします。

 練習試合がなくなる12月以降は、練習もマンネリ化するもの。
そこで、期末試験後、「食育」をテーマに家庭科の先生に、選手だけではありましたが、「栄養講座」を実施してもらいました。実際に、野球をやられている自分のお子様に、日頃から栄養面を考えて献立作りや補食を行っている先生なので、本当に役に立つ内容でした。


その後は練習途中に「特大おにぎり」。終了後にアツアツの「お味噌汁」をマネージャーたちが手際よく作成し、選手に食べてもらいました。女子マネありがとう!この場を借りてお礼を言いますね。

 さて、冬休み。
「郵便局アルバイト」を今年度も実施できることとなりました。練習は午前中。でも、お母さんたちが来校し、調理室にて出来たての昼食を食べてから、アルバイトへ向かいます。
25日「ミネストローネ&おにぎり&白身魚フライ」26日「カレーライス」27日「豚汁&スパゲッティー&手作りの大根の漬物&ごはん」というメニューでした。
26日には久しぶりに「愛のファーザーノックDay」を実施!4名のお父様方が、ノックのお手伝いをしてくれました。中には、手にマメを作ってしまった方も。勉強熱心な1年生のK君のお父様。外野ノックの「コツ」をお教えしたら、瞬時にマスター!さすがでした。

外野ノック1  外野ノック2

年明けは5日から、練習を再開します。 もうその頃には、アルバイトはありませんが、同様に、午前中に練習し、昼食を食べて・・・午後も自主練習かな?ちなみに、5日のメニューは「ちらし寿司」です。顧問の私も楽しみです!




   上矢部高校沿革 その23「寒さにふるえた・・・」E   12月24日  

 いよいと「最終章」を迎えた。あらためて時は、平成24年3月27日(火)。あらためてスコアブックを見返してみると、あの時の数々のシーンが浮かび上がってくる。これを記入していた女子マネージャーは、当時、どんな気持ちで書いていたのだろうか?

 予定よりも早い、12:15に試合は始まった。先攻の上矢部は先頭打者K池が6球目を弾き返したレフト前ヒットから熱戦の火蓋が切られた!きっちり2番が送り、3番、4番のタームリーヒットで2点を先制する。だが、予断は許さない相手だ。手綱を締める。案の定、3回裏に3点、続く4回裏にも3点を奪われ、一気に1−6の5点差をつけられる。

 本当に秀英は、凄まじい打線であった。5回終了時で上矢部の安打5本に対し、秀英の安打はすでに9本を数えていた。5回のグランド整備の際に、確か選手に檄を飛ばしたと思う。

「昨日言ったとおり、簡単に勝てる相手ではない。『凄まじい試合』になるのは想定内。ここから気合を入れろ!」

 檄は効いた。6回表、上矢部はなんと2死走者無しから、目の覚めるような反撃を行う。

 次回は新年。

 皆様、良いお年をお迎えください。




   上矢部高校沿革 その22「寒さにふるえた・・・」D   12月22日  

 「第2幕」は翌日。横浜創学館高校と対戦した。スコアは書きたくないくらい大差での敗戦。(0―12)特に現在、横浜商科大学で活躍中の当時1年生だったW君(現S君)には、片手一本でライトオーバーの当たりを打たれたのが印象に残っている。

 続く第2試合の、保土ヶ谷-秀英は、圧倒的な打力をまたも見せつけられ、10−2で秀英の圧勝だった。この時点での得失点差は、秀英+6。上矢部−10。

 1日の予備日をはさんだ。県大会に出場するためには、秀英に勝つしかない。
スコアブックを分析した。一生懸命考えて、出た結論は実に陳腐なものであった。

「凄まじい試合」

 その日の練習終了時に、選手に言った。「明日は凄まじい試合になる。勝とうと思えば思うほど、凄まじい試合になる。覚悟しておけよ!」

 選手たちの瞳は、前を向いていた。試合の最中に「弱気」になった自分が恥ずかしくなるくらい、選手たちの瞳は、燃えていた。




   上矢部高校沿革 その21「寒さにふるえた・・・」C   12月21日  

 4点差の劣勢を同点に追いついた、8回表の守りは大ピンチであった。

 「チャンスの後にピンチ有り」野球の格言は常に正しい。

 先頭打者の四球を足がかりに1死2・3塁で9番打者を迎えた。1ボールからの2球目、「スクイズ」!投手K田がマウンドを素早く駆け下り、走者をタッチアウトにする。観戦していた保護者からも大きな拍手が沸き起こった。なんとかこの回を0点で切り抜けた。

 「ピンチの後にチャンス有り」野球の格言は常に正しい。

 8回裏の上矢部の攻撃、またも先頭打者は1年K林。初球を叩く!今度はライトへのツーベース。「野球の神様」は、苦労した者、努力したものへ「温かなご褒美」をくれるのだ。そして彼は3塁への盗塁を成功させる。

 当時サインを出していたU先生とも確認したが、「僕は盗塁のサインは出していなかったと思います。おそらくは、単独で盗んだのではないでしょうか?」との答えだった。正解は、本人のみぞ知る。

 次打者S木は四球を選ぶ。この試合、5打席全て出塁した陰のヒーローである。4番、Y田がかっ飛ばした!勝ち越しの2点タイムリーツーベース。ついに、ついに勝ち越したのだ。

 9回表の保土ヶ谷の攻撃を、爽やかに、そして軽やかに、わずか7球で締めくくったK田は見事、公式戦初勝利投手となった。試合終了は16:56分。
「寒さの中に暖かさを知った」2時間34分の「序章」はこうして幕を閉じた。

チーム 1  2  3  4  5  6  7  8  9  計 
保土ヶ谷 2  0  0  0  1  2  0  0  0  5 
上矢部 0  0  1  0  0  0  4  2  ×  7 
保土ヶ谷 安打数 9  与四死球 8 
上矢部  安打数12  与四死球 3




   上矢部高校沿革 その20「寒さにふるえた・・・」B   12月18日  

 3回裏、上矢部は反撃に転じる。2死から3連打で1点を返す。しかし5回、6回と長打もからみ3点を追加された。6回を終了して1−5。4点差をつけられてしまった。U先生とともに作り上げてきたチームではあったが、この時の気持ちをはっきりと覚えている。

 自分のことを信じて、一生懸命冬のトレーニングに励んできた選手たちに、敗戦後、なんと声をかけてやればいいのだろう?私は弱気になっていたのだ。

 7回表から上矢部のマウンドには背番号「11」の2年生K田が立っていた。
彼が0点に抑えたその裏。先頭打者は1年のK林。彼は入学前から右肘を痛めており、入学後手術をしたため、ずっと地道にリハビリを行っていた。だから彼にとって実質的な公式戦への出場は、これが初めてだった。そのK林のセンター前ヒットから奇跡の反撃が始まる。

 盗塁後、続くS木は四球、4番Y田のライト前ヒットで走者をためるが1死満塁。ここで、その回から登板したK田が押し出しの四球を選び、まずは1点を返す。向かうは背番号「21」の2年生K合。体格に恵まれ、非凡な才能があったのだが、彼も腰痛に苦しんでいた。そのK合に長打が生まれた!2者が生還してついに1点差となる。その後も続き、またもや1死満塁の絶好機。9番打者のF津は、守備では光るのだが、打撃ではボールが遠くへ飛んでくれない。そんな彼が、なんとセンターへの犠牲フライを放ち同点とする!




   上矢部高校沿革 その19「寒さにふるえた・・・」A   12月16日  

 「春まだあけ切らず」という表現が、適切かどうか定かではないが、まだ底冷えの残る、平成24年3月24日(土)。我々は、横浜市金沢区釜利谷にある「横浜創学館」高校の野球部グラウンドに立っていた。第2試合を待つ我々が目にしたものは、実に壮絶なシーンであった。

 春の地区予選。横浜創学館高校が会場校。同校、保土ヶ谷、秀英、上矢部という4校でのブロックだった。初日の第1試合、横浜創学館-秀英の試合は5−5のまま延長戦に突入していたのだ。「下馬評」では圧倒的に横浜創学館有利ではあった。しかし、現実は違っていた。まさに五分と五分。「がっぷり四つ」という表現の方が適切であった。

 「今年の秀英は手強いなあ〜」私は思わず呟いた。試合は結局、7−5で横浜創学館高校が勝利する。しかし放った安打数は秀英の方が上回っていた。

 さて、いよいよ上矢部の試合。冬の間、しっかりとトレーニングを積みチーム力には密かな自信を持っていた。対戦相手は保土ヶ谷高校。だが、相手校のシートノックを見て驚いた。内野陣が実に上手い!「これは苦戦を強いられるかもしれない・・・」

 1試合目が延長戦だったため、当初の開始予定時刻からおよそ2時間遅れた、14:23に試合は始まった。私の予感は初回から的中してしまう。2本のヒットと2つのエラーも重なり、いきなり2点を先制された。




   上矢部高校沿革 その18「寒さにふるえた・・・」@   12月15日 

 かなり間があいてしまった「沿革」。伝えたい試合はあるのだが、どうしても、どうやっても、あの試合のスコアブックが手に入らなかったのです。持っている人はわかっているのです。でも、その方と1か月近く時間の都合があわない。でも、ようやく、ようやく手に入れた!待ち焦がれて、待ち焦がれていた。これを手にした時の気持ちを以下に伝えたい。少々大げさだが、こんな気持ちなのです。

寒さにふるえた者ほど   太陽の暖かさを感じる。

ホイットマン作(アメリカの詩人)





   「過去を伝える」 甲子園:奇跡のバックホーム その4 12月11日 


 一度、するりと逃げ去ったかに思えた「勝利の女神」。このバックホームで松山商業は、その「女神」を完全に手中に収める。11回表、先頭打者はその矢野から。彼の2塁打をきっかけに3点をもぎ取る。6−3、松山商業が優勝を飾った。

 表彰式においても、あのバックホームの興奮が冷めやらない雰囲気であった。
「来たかいがあった!」満足感と、名残惜しい気持ちと・・・私は甲子園球場を後にした。

 帰りの阪神電車。窓の外を甲子園の余韻に浸りながら眺めていたら、思わず「えっ?」と声が出た。あまりにぎっしりと仮設住宅が立ち並んでいたため、行きの時には気がつかなかったのだ。そこは間違いなく野球場であった。立派なフェンスもあった。よく目を凝らせば、外野には芝生。仮設住宅はいったい何棟建っているのだろう。数えきれなかった。

 まだ、こうした生活を余儀なくされている人がいるのだ。その瞬間、浮かれた気持ちは、反省へと、現実へと引き戻された。こうした体験を、子供たちに伝えなければ。奇跡のバックホームという野球の素晴らしさ。一方で、震災に見舞われて、不自由な生活をしている人たちの辛さを。親になりたての自分は、そう心から思った。

 あれから、19年の月日が流れた。矢野氏は現在、愛媛朝日テレビでスポーツキャスターを勤めている。一方、アウトになった星子氏。当時50Mを何と5.9秒で走る俊足だったそうだ。怪我もあり、野球はその後辞めて、地元熊本にいる。昨年、スポーツバーを開店。お店の名前は「たっちあっぷ」。店内の壁には、当時自分が来ていた熊本工業のユニフォームと、矢野氏が送ってくれた松山商業のユニフォームが仲良く飾ってあるという。

 当時の私の手帳。最後の方に、この日の痕跡がようやく見つかった。

戸塚5:15⇒東京5:52⇒6:13発(新幹線)⇒新大阪9:10 乗り換え4分 
梅田⇒25分 甲子園 着10:00 


 「過去を伝える」のは、指導者の「役目」? 否 「義務」だと思う。




   「過去を伝える」 甲子園:奇跡のバックホーム その3 12月8日 


 満塁策の後、長いタイムがあった。それまで好投の2年生新田投手はライトの守備についていた。「早くしろよ・・・」私。さあ、第1球・・・・という矢先にまた、タイムがかかった。ライトへ背番号9の矢野選手が向かって行く。「こんなところでライトを代えたって、意味ないよ〜早く始めろよ〜」というのも私。矢野は1球もベンチ前でキャッチボールをしていない。腕をぐるぐる回しながら、ライトへ向かう。

再び、asahi.com 恒川直俊氏の「名勝負をふりかえる」(2008年3月26日)の記事より。

「代わった所に打球が飛ぶ」の格言どおり、3番本多の初球の当たりは大きく右翼に上がった。この瞬間アナウンサーも「行った! これは文句なし」と叫び誰もがサヨナラ右犠飛と思った。
 しかしこの飛球を一度バックし、やや風に押し戻されたところを今度は前進してキャッチした矢野が本塁にダイレクトで届く好返球を見せて、俊足の三塁走者・星子を刺す併殺に仕留め絶体絶命のピンチを救った。球場は興奮につつまれしばらくは拍手の波が収まらなかった。
 矢野選手は、強肩ではあったが、練習ではいつも大暴投を繰り返し、監督から怒られていたそうだ。フライを取って、ホームに投げた瞬間、チームメイトの多くが「ああ、また暴投だ」と思ったそうだ。しかし石丸捕手だけは違った。ライトからホームへと強い風が吹いていた。打った打球は失速したが、ライトから投げられた返球は、必ず「伸びてくる」。そう思ったそうだ。

 一方、熊本工業、三塁走者の星子。実は9回裏の同点弾の際、松山商業は三塁ベースを踏んでいないのでは?とアピールしている。それもあり、タッチアップは慎重にスタートした。彼も石丸捕手と同じ思いを持っていた。返球は必ず伸びてくる。最短距離、ホームの内側へと滑り込んだ。

 80万回の視聴回数を超える、YouTubeでその時の映像を確認した。私の記憶は間違っていなかった。満塁策⇒タイム⇒さあ第1球という場面でライトの交代だった。放物線を描いて本塁へと向かってくる送球。走者星子の右の頬に、石丸捕手はタッチをした。判定は「アウト」!その瞬間、甲子園球場は揺れた。観客同士が抱き合っている。「うお〜・・」歓声ではない。大きなうねり声だ。しばらくは鳴り止まなかった。自分の腕を見たら、鳥肌がたっていた。YouTubeの画面の解説者は、元箕島高校監督、尾藤氏(故人)と元星稜高校監督、山下氏であった。




   「過去を伝える」 甲子園:奇跡のバックホーム その2 12月4日 


憧れの甲子園球場に到着。蔦のからまる外観は、歴史を感じさせた。どちらの高校を応援する気もないままバックネット裏へ、ようやく席を決めてグラウンドに目を転じた時には、愛媛県立松山商業高校が、打撃練習をしていたように記憶している。そう、あの瞬間がよく見えた1塁側だった。この試合が後に「奇跡」と呼ばれる試合になる予感など、全くなかった。

この試合、記録では、観衆は「48,000人」。私も、その一人となっていたことを誇りに思う。試合はたんたんと進んだ。「甲子園は意外と静かなんだな・・・」そう思った。スコアは「3−2」松山商業1点リードのまま、9回裏を迎える。誰もが松山商業の優勝を疑わなかっただろう。私も、このままゲームセットになるだろうと思っていた。2死走者なし、熊本工業の打席には、6番打者1年生の沢村が入る。

こうした場面、3年生を代打に送ることも多いのだが、1年生をそのまま打席に立たせるのは、よほど信頼されていたのだろう。その初球。フルスイングから放たれた打球は、左翼ポールを巻く起死回生の同点弾となった。甲子園は沸いた。観客の拍手は、大銀傘に反響し、大きなうねりとなり、高く、高く、甲子園の空へと放たれていった。私も思わず手を叩いた。「これが甲子園なんだ・・・」やっとその偉大さに気がついた。

 試合は延長戦に入った。以下は、asahi.com 恒川直俊氏の「名勝負をふりかえる」(2008年3月26日)の記事より。

そして「押せ、押せ」の熊本工は10回裏、先頭の8番星子がフルカウントから、自身この試合3本目の安打となる左中間への二塁打を放つと、松山商はついに好投してきた新田投手と右翼についていた背番号1のエース渡部を入れ替えた。
熊本工は9番投手園村がしっかりと星子を三塁に送り1死三塁になったところで、今度は、松山商は満塁策をとって1、2番を歩かせて1死満塁とし、右翼についていた新田に代え、背番号9の矢野を右翼に入れた。




   「過去を伝える」 甲子園:奇跡のバックホーム その1 12月1日 


 私ごとで恐縮だが、自宅を整理していたら、昔のハンディービデオカメラのテープがたくさん出てきた。その中の一本に「松山商-熊本工」というものが見つかった。

 ええ、私、あの時「甲子園球場」の一塁側で観戦していたのです。そして、ビデオカメラを回していたのです。あの瞬間「鳥肌」が立ったことを、今でも覚えています!

 上矢部高校の話題と離れますが、数回、お付き合いいただければ幸いです。

 時は、1996年(平成8年)、第76回夏の選手権決勝戦(松山商業-熊本工業)なぜ私はその場に行けたのか?行ったのか?当時の自分の手帳を見返しても、その記述は見当たらない。前年に生まれた長男は1歳。私は30歳。2校目の学校に転勤した直後だった。この年だけ、前任者がいたため野球部の指導はできなかった。「高校野球」に飢えていた私は、「意を決した」のだと、今、振り返る。

 新幹線で、新大阪駅に着いた。甲子園球場に向かう「阪神電車」・・・前年の1995年(平成7年)1月に起きた「阪神・淡路大震災」の爪痕も気になった。ず〜と車窓から、その光景を探していたのだが・・・「向かう興奮」がその目を曇らせた。




   「野球というのは不思議なもので・・・」   11月20日 


 「執筆」というと少々大げさですが「毎日何かを書く」という行為(重し)を一度止めると、もう一回その(重し)を動かすのが「凡人」には難しいのです。2年前、3年生の担任をした時に、私は1年間で200枚を超えるクラス通信を書きました。その時、その「毎日何かを書く」という(重し)を実感しました。

 「毎日何かを続ける」・・・口で言うのは簡単ですが、実際に行うのは難しいことですね。でも、その(重し)は、毎日続けることで、幾分ではありますが(軽く)なるのです。「毎日続ける」。これは、練習や受験勉強にも似ています。一度止めると(重し)となる。毎日続けると、いずれ(軽く)なる。だから今日も書く。

 一方通行のこの野球部HP(ホームページ)ですが、誰かが読んでくれていることを期待して、本日は朝日新聞、「折々のことば」を以下にご紹介します。

(11月19日朝刊より抜粋)

折々のことば   鷲田 清一  No226

野球というのは不思議なもので、
道具を大切にする気持ちが、技術を向上させるんです。 
 矢沢健一       

 [解説]
 東京六大学野球で・・・・(中略)そのコーチが元中日ドラゴンズの主軸打者、矢沢だった。まるで塾のように指導を予約し、根拠を問い、無安打を前提に得点法をロジカルに考え、道具を道具と割り切る部員たちに、戸惑いながらもまずは道具の取り扱い方から伝え始めた。そう、心の配り方から。(以下省略)

 かつて、首位打者のタイトルを獲得した矢沢さんが、いみじくも伝えている。
道具を大切にする心。これは心の配り方なのかと、あらためて考えさせらる言葉。




   「明治神宮大会に想いを寄せて・過去を伝えるのは誰の役目?」  11月19日 


 「明治神宮大会」は昨日、亜細亜大学5度目の優勝で幕を閉じた。早大と延長14回の死闘とも言える熱戦であった。本日はこの大会についてお伝えしたい。

今年46回目を迎えた同大会。「高校の部」は一日早く17日に、香川県立高松商業高校の初優勝という結果だった。この大会をもって高校、大学ともに2015年の公式戦は全て終了したことになる。

同大会の第4回大会から「高校の部」が設けられたのだが、この大会の起源はウィキペディアによれば以下のように紹介されている。

明治神宮鎮座50年を記念して行われた1970年(昭和45年)の奉納野球が同大会の始まりである。第3回までは大学野球のみであったが、第4回大会から高校野球も加わり、高校と大学の2つの部となり、現在に至っている。

なお、本大会開始の2年前にあたる1968年(昭和43年)秋(11月)には、明治維新百年記念明治神宮野球大会として、大学の部、高校の部、社会人の部がそれぞれ行われている。かつて早春(3月)に実施されていた日本学生野球協会結成記念野球大会(1946年-1964年の18年間毎年開催)が取りやめになって数年経ていたことに加え、この1968年に実施された大会が思いのほか好評だった事が現在の明治神宮野球大会の起草に繋がったとされている。

 明治維新と関係しているとは、知らなかった。この球場が建設された所以を調べれば、なぜ東京六大学連盟が優先して使用できるのかがうかがい知れる。

 さて、今回の「明治神宮大会」に話を戻そう。「高校の部」は各地区のチャンピオンが戦った。いずれの高校も、春の選抜には間違いなく出場するはずだ。優勝したのは高松商業。過去には数々のプロ野球有名選手を輩出している。1925年第1回「春の選抜」優勝校は、この高校。ちなみにこれまで春2回、夏2回、そして国体1回の全国制覇を成している。

 実はこの学校、今秋の香川県大会決勝では1−2のスコアで、ある高校に敗れているのだ。是非、優勝した学校を調べて欲しい。部員わずか17名。2012年春にも、部員わずか12名で香川県を制している県立高校である。選抜に選ばれか微妙ではあるが、是非とも来春、甲子園で見てみたい。

 「興味」「関心」という言葉が教育界ではあるが、私はそこに「好奇心」という言葉を加えたい。今日の一枚が、現役高校球児の「好奇心」喚起になれば幸甚である。ちなみにこの大会、神奈川県勢が決勝に進んだのは、過去4回しかない。

1997年28回
横浜(関東・神奈川)
5-3
沖縄水産(九州・沖縄)
2007年38回
常葉菊川(東海・静岡)
5-4
横浜(関東・神奈川)
2008年39回
慶應義塾(関東・神奈川)
8-6
天理(近畿・奈良)
2009年40回
大垣日大(東海・岐阜)
10-9
東海大相模(関東・神奈川)

 神奈川県初の優勝1997年は、この年度、公式戦無敗という金字塔を打ち立てた、松坂投手のいた横浜高校であった。現在の高校3年生が、この年に生まれた。だから、現役高校球児は「平成の怪物」と称された高校時代の「松坂投手」の凄さを知らない。これを伝えてあげるのも、指導者の役割だと思う。




   上矢部高校野球部沿革 その18「シャイな野球部員」  11月18日 


 ユニフォーム一新!とは言ったが、多額の費用もかかるので、上着だけ。ストッキングは今でも赴任当時のままだ。その年の秋から冬にかけての練習は、本当に頑張ったと思う。夏にできなかった合宿を秋に校外で行った。たった1泊ではあったが、寝て起きたら「1万回のスイング」が待っていた!不平・不満をもらさず、黙々と行う2年生たちだった。

 確かこんなことがあったと記憶しているのだが。
「活きのいい」1年生が、2年生に聞いたことがあるそうだ。

1年:「なんで、先輩、練習や試合中に大きな声、出さないんっすか?」

2年:「・・・・だって、恥ずかしいじゃん・・・」

1年:「・・・・」
 2年生は「シャイな野球部員」だったのだ。でも、滅多に「褒めない」私が、当時こんな文章を書いている。

2012年2月19日作成
今年の上矢部高校野球部は違う!そう予感がするのだが・・・
自信は持って欲しい、でも過信は禁物。( 昨 夏 の 教 訓 )
1球に泣き、1球に笑うのが高校野球。笑いたいならば、その1球、1球に集中力を持続して欲しい。臨む姿勢は常にchallenger (挑戦者)で。
君たちならば、神奈川16は夢ではないはず!

 よほど、夏の大会が悔しかったのだろう。一方、このチームに期待をしていたことがわかる。上記コメントの約1ヶ月後の写真が出てきた。卒業式と、そのお祝いの、野球部恒例となっているボーリング大会の模様。私服の写真は珍しい。

沿革18 ボウリング



   『過去を振り返り、未来を目指す』 11月17日 


 残念ながら今日は、苦言から入ります。現在のチームは、本当にやりっぱなし、出しっぱなしが多い。ボールが落ちている、バットが出したまま、清掃用具が置きっぱなし・・これが、ほぼ毎日。

 14日土曜日、午後から予定されていた練習試合は雨天中止であった。来ていただいた相手校には本当に申しわけなかったが、その後悪化したグラウンド状態を考えれば、賢明な判断だったと言えるだろう。午前中も練習したが、雨天中止後も練習。上の言葉は、練習終了のミーティングで私が選手に言った言葉です。

 「試合で、打てなかったこと、ミスをしたことは、すぐに振り返れ!反省は早ければ早いほど良い。今行った行動から、次の行動に移る際にも、今行っていたことを瞬時に振り返れ。振り返りは、早ければ早いほど良いのだ。このチームはそれが全くできていない。反省なくして、未来はない!目標は立てられないはず!」

 女子マネを含め、この時期には、本校史上最多であろう、36名の部員=72の目があっても、私の「細い2つの目」には叶わないのだろうか?「目配り」が全くできていない。ここを克服しなければ、来春以降の「飛躍」はないであろう。


 話は逸れるかもしれないが・・・

 以下は、松下電器(現:パナソニック)の創業者、松下幸之助さんの言葉。

『成功した時よりも 失敗した時に その人の本質が 現れる』

誰しも失敗はする。野球は「失敗のスポーツ」とも言われている。だが、これはさまざまなことを「失敗しっぱなし」では、次につながっていかないのだ。

 最後に、もうひとつ、松下幸之助さんの言葉。『過去』の偉人の金言を知ることは、
本気で『未来』を目指す!と思える人にこそ大切。

『ゴールの時に笑いたければ、練習の時に、泣いておくことだ』

これはこれから、入試を控えた中3の受検生の皆様にも是非伝えたい!
身体に気をつけて、受検勉強頑張ってください!




   上矢部高校野球部沿革その17 「ユニフォーム一新!」 11月16日 


 私が子供頃に憧れたユニフォームは「東海大相模」。あの「タテジマ」と「原 辰徳さん」を見るためにバスを乗り継いで、川崎球場まで足を運んだ。確か小学生だった。その後は「横浜」。グレーのあのユニフォームは今でも他を圧倒する!そして横浜商業は「Y」鎌倉学園は「K」の一文字を左胸に抱く。いかにも伝統校というユニフォームだ。かつて県相(相模原)の「S」一文字のユニフォームも、下関商業みたいでカッコ良かった。現在、ある新聞の連載で取り上げられている「SHONAN」。最近、袖に校章が加わったものの、原型は神奈川県唯一の「県立高校全国制覇」時代と変わっていない。今年創立101年目を迎えた横浜翠嵐も縦の「翠嵐」の漢字のユニフォームのままだ。希望ヶ丘は袖に「J」の文字。「神中」からの歴史を、一文字で飾っている。

 甲子園に何度も足を運んだことがある、元高野連理事の方に聞いたことがある。「甲子園のお客さんは、なぜか『白』のユニフォームの学校を応援するんだよ!」

 私が赴任後すぐに、練習試合用のユニフォームを作った。『白』であったが、確かにこれを着る時は、爽やかな、そして、なんとなく強そうな印象を持っていた。

作った当時のOB等には、申し訳ない気持ちもあったけれど、公式戦用のユニフォームを一新することに決めた!私からの要求は『白』のユニフォームであること。あとは、当時の最上級生が相談を重ねて決めていった。

その1  創部当時は別のユニフォームだったそうだ。このユニフォームは2代目にあたる。色はグレー。今でも上着だけですが10数着、大切に保管しています。作ったのは当時監督の川村先生(現:湘南高校)文字は当時の書道科の教員に書いてもらったと聞きました。


その2  赴任当初のユニフォーム。ベージュです。左そでには「神奈川」の文字。 この筆記体も今となっては、なかなか味があるなあ〜と思います。


その3  赴任当初、一新した練習試合用ユニフォーム。色は白。KAMIYABEの文字は「早稲田」タイプ。それまでは白と紺の2タイプを着用し「白かみ(上)」「紺かみ」 と生徒は呼んでいました。


その4  現在のユニフォーム。白に縦襟。胸のマークは昇華タイプで非常に軽いです。ミズノプロの特注品。ロゴは、とある大学系列高校の文字を使わせていただきました。


その5  左そでに、校章とYOKOHAMAの文字。
私はこの部分が最も気に入っています。
このユニフォームで甲子園に出場しても「神奈川県代表」ということはわかるだろう。





   「タンパク質」とお小遣い     11月13日 


 本日『上矢部高校沿革』は、お休み致します。本日は、現在のチーム状況についてお伝え致します。

 今年14回目を迎えた「横浜西部地区交流戦」。初戦を突破し「初の優勝も狙える!」と思った先週末の準決勝。結果は、大敗でした。初回4点、2回2点、3回1点・・・序盤で7失点では勝負になりませんでした。1点の「重み」が、未だにわかっていないのかな?と思われる軽率なプレーも続出し、日頃の「猛練習」の成果は全く出ませんでした。
さて    

現在、上矢部高校野球部を指導するスタッフは4人です!20代の若い教員が3人、そしてあと数ヶ月で、50になる私です。公立高校で、これだけ手厚い「指導スタッフ」は少ないのではないでしょうか?今ではスタッフそれぞれの役割分担も確立してきました。現在の私の役割の一つは、練習後、選手に食べさせる「補食」です。

 これまでのメニューは「魚肉ソーセージ」「ゆで卵」でした。タンパク質摂取を主な目的としてきましたが、たまには炭水化物でもよいのではと考え、昨日は「チーズ乗せ焼き餅」をやってみました!結果は好評でした。

 「タンパク質」摂取は、いわゆる「プロテイン」摂取に等しいのですが、激しい練習で、お腹が空いた選手は、どうしても帰路の途中、コンビニ等で何かを買って食べたいもの。すると彼らのお小遣いも減ってしまいます。ただでさえお金のかかる「運動部」。できるだけ最小の「費用」で、最大の「効果」が出ることを、考えています。

 
本日の補食は「フランクフルト」です!   





   上矢部高校野球部沿革その16 「何かを変えねば・・・」続編 11月12日 


 「がんばれ上矢部」からこの秋、最も投球回数が多かったのはKB田君だったことがわかった。なんと!124イニングス。他の投手を圧倒的に上回っている。次が夏の大会で背番号「1」だった主将N岡君の76イニングス。出色なのは3番目に多い1年生S広君。74イニングスを投げて、防御率わずか「2.07」! 奪三振も投手陣最多の42個。チーム打率は3割を越えていた。首位打者は、現在Pホテルに勤務するS木君の4割3分8厘。(つい先日、勤務明けに上矢部まで来てくれた)・・・それでも秋の時点では18勝21敗2分。勝ち越せなかった。
夏の大会で勝利の校歌を歌いたい!そのために、何をすべきなのか・・・・

何かを変えなければいけない   

 その「悶々(もんもん)」とした気持ちを抱えて、オフシーズンとなった。



   上矢部高校野球部沿革その15 「がんばれ上矢部」続編  11月11日 


 O海君のお父さん、お子様が引退された後も「がんばれ上矢部」を続けてくださった!!当時いただいた時にはこれがどれだけ「凄いこと」なのか、わかっていなかった。今、こうして過去の沿革を振り返る時、これはまさに「上矢部の偉業!」とも言えるだろう。敬意を表し、この年秋の最終戦後の「がんばれ上矢部」を以下に掲載させていただく。






   上矢部高校野球部沿革その14 「何かを変えねば・・・」 11月9日 


 3年連続初戦敗退という悔しい夏の大会を終え、新チームとなった。
20名という大量入部だった2年生は、15名になっていた。(うち女子マネ2名)
改めて思い返すと、この時の2年生は大人しくて真面目な生徒が多かったなと思う。学校生活には何も心配がいらなかったが、教室では、居るのか居ないのか?という感じだった。部活動が始まるまでの束の間の時間、皆で教室に集まって、「決して騒ぐことなく」カードゲームをしていたような記憶もあるが・・・

 一方、保護者の横のつながりは強く、頻繁に「交流会」やら「おやじの会」やらが、開催されたように記憶している。子、親ともに非常に仲良しの代だった!

 私の、家庭の事情で、この夏だけ校内合宿を行なえなかったのだが、新チームの船出も厳しいものがあった。夏に背番号「1」を背負い、主戦と期待していた新主将のN岡が、肋骨を痛め戦線離脱。入学時から将来の4番打者として期待していたK合も腰を痛めていた。「活きがいい」1年生もいたが、やはり経験に勝るものはない。

 秋季地区予選は、関東学院大学のグラウンドだった。組み合わせは、日大、関東学院六浦、横浜緑ヶ丘、そして上矢部だった。結果は3戦全敗。特に2戦目の横浜緑が丘に8回裏、まさかの守備の乱れで一挙3点を失い逆転負けしたのは痛かった。S広投手は、1年生ながらよく頑張ったのだが・・・

 スタンド付きの本格的な大学の野球場で試合ができたことは、今となっては良い思い出だが、「何かを変えなければいけないなあ・・・」と強く感じた赴任4回目の秋だった。




   上矢部高校野球部沿革その13 「3度目の夏、またも・・・」 11月8日 


 秋には、数年ぶりに県大会出場を果たしたこのチームだが、以降は伸び悩んだ。複数の退部者が出てしまったことも一因だが、春の地区予選も、あと一歩を乗り越えられなかった。O海君のお父様が、当時作成された試合結果のデータを今、冷静に見返すと、チーム打率、防御率ともに夏に向けて徐々に下がっていったのがわかる。試合中盤までは接戦にできるのだが、後半持ちこたえられず、敗戦・・ということが多かった。こうした鬱憤を抱えたまま、赴任後、3度目の夏の大会に突入する。

 抽選シードで、2回戦の相手は吉田島総合高校。ベンチには、その春新採用のU先生も入った。以下は、神奈川グラフより
2010年 7月16日 秦野球場 試合時間 2時間12分
チーム 1  2  3  4  5  6  7  8  9  計 
吉田島総合 0  0  0  0  0  0  1  1  2  4 
上矢部 0  0  0  0  0  0  1  0  0  1 

 1回戦の試合を見学させてしまったことが、失敗だった。選手に大きな「隙」が生まれてしまった。正直、負ける相手ではなかった。この試合先発Sは7イニングスを投げ、5本のヒットを打たれながらも、自責点は0。最後の夏に、本当に良く頑張った。私の投手交代にミスがあった。ショートから回ったO啓太君が8回・9回に捕まる。6月の練習試合で大きな負傷をし、その後投手としての練習不足は否めなかった彼を、無理やり登板させた私が悪い。上矢部が放った安打は5本。うち3年生は、O川2本、野〇1本。本当に、本当に、一生後悔する試合だった。今でも、申し訳ない気持ちで一杯だ。
ここに、「かんばれ上矢部」最終号のコメントがあります。(一部改訂)

秦野からの帰路は、とても長く感じました。
まさか「元高校球児の父」になって帰宅するとは思っていませんでした。
私が子供の頃に見た映画で「がんばれベアーズ」という野球映画がありました。
現在、ハリウッドで活躍するテータム・オニールやコリー・フェルドマンが子供時代に出演していました。
悪ガキの寄せ集めチームで、はじめは野球にならないレベルでしたが、プロ経験のある指導者に率いられて、奮戦しながら強くなっていくというお話でした。
上矢部をこの映画にダブらせたわけではありませんが、1年の時から見続けてきて、連戦連敗で失点が二桁の長い、長い試合(一方、上矢部の得点は、片手に満たない)をやっていたチームが、だんだん強くなる様子がベアーズに似ていたので、ベタではありますが、本誌を「がんばれ上矢部」と勝手に命名し個人やチームの状態、試合結果を振り返るキッカケになれば、と思いデータも集計をしてみました。(中略)
3年生は、一応、現役引退となりますが、来年の3月31日までは、上矢部野球部員となりますので、その自覚を持って残りの高校生活をエンジョイしてもらえればと思います。
また、今後の進路に向けて、忙しい時期かもしれませんが、時間があるときは、後輩たちの練習を手伝ってもらえたらと思います。
「熱い夏」は終わりましたが、「暑い夏」はこれからです。皆様、御自愛ください。

このチームの通算成績が
29勝44敗8分けであったことが 「かんばれ上矢部」からわかる。




   上矢部高校野球部沿革その12「one of the best games」B 11月6日 


 10数分間だったろうか・・・試合が止まった後、打席に向かったのは、当日遅刻をした主将のO海君だった。あらためて場面を確認しよう。9回表二死2・3塁。試合は4−6で大和南がリード。あと1アウトまで上矢部は追い詰められていた。

 試合終了の整列までしたのだ。一度、「切れた気持ち」を呼び覚ますのは至難の技だ。彼は、絶対に打てないと思っていた。否、誰でも打てないと・・・

 初球だったと記憶していたのだが、実際はワンボールからの2球目であった。
 渾身のスイングから放たれた打球は三遊間に転がった。それが抜けた!問題は同点のセカンドランナー・・・N島だった。三塁を駆け抜けるN島の姿を見た瞬間「ああ、同点だな」と私は思った。もしも「野球の神様」がいるならば、彼を見放すはずがない!そうした選手だった。予想通り、間一髪のクロスプレーでセーフ!同点だ。彼は、今で言う「熱男(あつお)」という表現がピッタリの男だった。だから今、彼はFirefighterになっている。ぴったりの職業だ!
 9回裏、急遽登板させた1年生が走者をスコアリングポジションに進めてしまうが、またもや「熱男」のセンターN島が大飛球を超ファインプレーで防ぐのだった!

 延長12回表、二死走者無しから相手エラーで出塁した。それは後に「ガラスの大器」と称された1年K合だ。その直後、センターオーバーの決勝二塁打を放ったのはこの試合途中から三塁手として出場した同じく1年、N岡だった。すいません。私、全く記憶にございませんでした。その裏を抑えきり、上矢部は見事奇跡の勝利を飾った。双方18名ずつの選手が出場した熱戦は幕を閉じた。試合終了時刻14時15分。3時間18分に及ぶ、長い戦いであった。

 平成22年9月4日(土)大和球場 秋季神奈川県大会1回戦
チーム 1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  11  12  計 
上矢部 0  0  0  1  0  0  0  3  2  0  0  1  7 
大和南 0  0  1  2  0  2  0  1  0  0  0  0  6 

 以下は、O君のお父様がお気に入りの一枚。この試合とは関係はありませんが、
 よく見たら、写真が嫌いな私も写っておりました!皆、良い顔をしていますね。

沿革11

   上矢部高校野球部沿革その11「one of the best games」A 11月5日 


 運命の最終回を迎えた。正直、「強豪大和南にコールド負けにならず、よく食らいついたな!」というのがその時の私の気持ちだった・・・と記憶していたのだが、当時のスコアブックから導き出されたものは、そうではなかった。

 先頭の9番打者、投手Sに代えて、地区予選でサヨナラヒットを放った1年生を代打で起用。ここで投手を代えるとは、私には、延長のことなど全く頭に無かったのだろう。彼が四球を選ぶと、すかさず俊足の1年Y岡を代走に起用し、あろうことかすぐに盗塁を仕掛けている。「今なら絶対させない、ありえない」作戦だ。それが見事セーフになるから野球は「実におもしろい」

 1番打者N島はセカンドのエラーを誘い無死1・2塁。2番の野〇がバントで送っている。初球こそファールにしているが、プレッシャーのかかる場面で「良くぞバントを決められたな」と、今だから思える。一死2・3塁、奇跡はその後起こる。以下の場面は、当該者にあたるO啓太君に確認をとった。

 初球、3番O啓太が放った打球は、詰まったショートへのハーフライナー。二人の走者はそれぞれ動けない。その打球が、捕球寸前バウンドする。ショートゴロとなったのだ。しかし、ショートは捕球後ボールを2塁へ転送。2塁手は、バウンドしたことを確認していたのか、ベースは踏んでいたが、走者にタッチはできず、ボールを1塁へ。打者のO啓太のみアウトとなる。二死2・3塁のはずだったのだが・・・・・次の瞬間、2塁塁審もアウトの宣告をする!スリーアウトチェンジ試合終了!?両校の選手がホームベース付近に整列をし始める。ベンチからは、ライナーではなく、はっきりと「ゴロ」になったのが見えたのだが・・・
 すると、O啓太が猛烈に審判にアピールする。「今の、ゴロでしょ!なんでセカンドがアウトなの?」という感じだったか・・・2塁塁審は、野手に隠れて打球がバウンドするところが見えなかったのだろう。でも、こうした「判定」が覆ることは少ないことも私は知っている。ましてや勝者と敗者を分けうる「判定」だ。しかしながら、主審からは見えたのだろう。あの運命の打球がバウンドした瞬間が。この主審には、改めて敬意を表する。「判定」を覆したからだ!

 アピールは通じ2塁走者は「セーフ」。一度は試合終了の整列をしかけた試合は、また再開されたのだった。




   上矢部高校野球部 沿革その10「one of the best games」@ 11月3日 


 これまで、年間およそ80試合以上は試合を実施してきた。部員数が増えた近年は、ほぼ100試合。私は8年間で、700試合近くを見てきたことになる。今日はその中でも五本の指に入るであろう、印象的な試合をご紹介したい。

 記憶だけに頼るのは心もとなかったため、当時主将をつとめたO海君のお父様からスコアをお借りして書くことにした。お父様から聞いたのだが、実は、この試合当日O海君は遅刻をしたそうだ。私は激怒し、「試合に出さない!」と言ったらしいのだが、そこを当時一緒に指導していたS先生に止められて主将O君は試合に出られたそうだ。私は全く記憶にないのだが、もしも彼を試合に出していなかったら、奇跡のヒットは生まれていなかった。と同時に記憶とはことほどさように曖昧なものであるとも思った。

 時は平成22年9月4日(土)秋の県大会1回戦。場所は大和球場。2か月あまり前、夏の大会で負けた会場。相手は大和南高校であった。大和南高校は、今でも実力のある学校だが、当時は夏の大会で古豪Y校を破るなど、県立では本当に名の通った学校であった。抽選後、私は「コールド負けしなければいいなあ・・・」と正直思っていた。

 10時57分。上矢部先攻で試合は始まった。上矢部の先発投手は背番号『1』の1年生。1点ずつ取り合った4回裏、大和南に3連打を食らい2点を奪われる。5回途中から、『20』番代のS君が登板。しかし6回裏、
いつもの悪い癖が出て2つの四球から2点を追加され1−5と4点差となる。
「う〜ん、やはりだめかあ・・・」とあきらめかけた8回表の上矢部の攻撃、何とN君、O啓太君、O海君の3連打などで一挙3点を返す。「1点差。さあ、これから!」という矢先の8回裏、またもS君、四球を足がかりに1点を失う。
本当に、頼りにならない「奴」である。(笑)試合は4−6と大和南2点リードで上矢部最終回の攻撃になる。

 スコアブックを見て、お父様と試合を振り返りながら、こんなことも教えていただいた。「年間200奪三振を記録したのは、当時はS君だけでした」。
お父様は毎試合のように上矢部の試合を観戦し、スコアブックを付け、選手の打率や投手の防御率を定期的に出してくれていた。「がんばれ上矢部」というタイトルの、カラーの文面を今でも思い出す。こうした応援してくれる人のおかげで、今がある。いよいよ9回の攻防を迎える。




   上矢部高校野球部  沿革その9「審判の『熱い思い』」  11月1日 


 日付を見ると、ほぼ毎日となっているが、このホームページ(HP)に掲載するには、学校HP担当教員のご尽力がある。本日はまずこの場をお借りして担当のU先生に感謝申し上げる。

 さて、新主将はO海君。同じ苗字のO啓太君もいた。同じ2年生には入学当初から素晴らしいストレートを投げ込む左腕のS君がいた。ただ、残念ながら学校生活等がストレートではなく(笑)投手陣の大黒柱とは言い難かった。

 8月下旬の新人戦は、結局1年生が背番号「1」をつけることになる。会場は神奈川工業高校。背番号20番代のS君を初戦の神奈川工業にぶつけてみた。が、やはり勝てなかった。相手の先生からは「なんであんなに凄いボールを投げるのに(背番号)『20』番代なの?」と聞かれたが、答えは濁しておいた。

 次戦は金沢総合。3点差をつけられ最終回を迎えたが、なんと9回裏に4点を奪い、逆転サヨナラ勝ち!強い夏の日差しを受けた一塁側ベンチで、歓喜の勝利の瞬間を、今でも思い出すことができる。続く氷取沢戦もなんとか逃げ切り、2勝1敗で数年ぶりの県大会出場となった。

 県大会出場にあたり、真っ先に祝福の電話をくださったのは、戸塚区審判協会のTさんだった。戸塚区には横浜桜陽、戸塚と県大会出場の常連高校があるが、上矢部は長い間、それらの後塵を拝していた。Tさんは密かに上矢部を応援してくれていたのだ。本当に嬉しかった。今でも、その方だけではなく、戸塚区審判協会の皆様には本当にお世話になっている。暖かい交流がある。この場をお借りして、御礼申し上げます。
 高校野球とは人間教育。審判の方々の高校野球に対する『熱い思い』というのを指導者は見逃しがちだ。審判の方々も実は、高校生の成長を陰ながら支え、時に厳しく、時に優しく、野球という試合の『判定』を通じて『教育』をされているのだと実感する。審判の方々のご尽力があって、神奈川の高校野球は、他県に類を見ないほどの人気を誇っているのだとも思う。



   上矢部高校野球部  沿革その8「人の縁とは不思議なり」 10月31日 


 3年目の秋を迎えた。私が赴任した1年目の監督は大学生O君、2年目の主な指導は、O君の友人であるK君。O君と同じ高校の野球部員だった。彼の投・内連携練習は実に見事だった。できればもう一度見てみたい!
 O君のお父様は、私の長男の少年野球時代のコーチ。お母様は、私の息子たちの保育園時代の先生。弟さんは、現在本校で監督をつとめるS先生と高校時代の野球部仲間。いずれも、出会ってからそのことを知った。

 そして3年目は本校講師のS君が務めた。S君の弟が日体大生時代にボランティアで本校の指導に来たのがきっかけ。そうそう、彼が初めてボランティアで来てくれた日、選手T君は脳しんとうを起こして、救急車で運ばれたっけ。弟の紹介で彼の兄が本校に勤務することになる。弟はいち早く、東京都の教員採用試験に合格し、現在都立高校で念願の高校野球を指導している。今年のゴールデンウイークには、上矢部で対戦した。兄は、苦労をしながらもその後、横浜市の教員採用試験に合格!現在は、横浜市立の中学校で教員をしている。S兄弟の故郷は、新潟県である。

 上記4名いずれも、上矢部高校の卒業生ではない。しかし、彼らの人生の記憶の中に「上矢部高校」という名は確実に刻まれているのではないかと思う。
 O君は先週末、上矢部を訪ねて来てくれた。この場を借りて、不在をお詫びしたい。結婚が決まったそうですね。おめでとう!

    あらためて、人の縁とは不思議なものだ。



   上矢部高校野球部  沿革その7「弱い」けど「良い」チームそのA 10月30日  


 赴任3年目、時は2010年の4月、野球部に異変が起こった!なんと17名の新入部員と3名の女子マネが入部したのだ。高野連に提出する新入部員登録の紙は、2枚になった。何が要因かはわからないが、野球部は一気に活気づいた。11名で細々やっていたのが、一気に28名。3チームできる陣容となった。グラウンド整備を迅速に行う為に、我が家から使い古しのバイクを持ち込んでいたのがウソのように、あっという間にグラウンド整備が終わるのだった。

 しかしながら、チーム力というのはイッキには上がらないものだった。練習試合は圧倒的に負けの方が多かった。気心知れた少ない仲間でやっていたものが、急に人数が増えたものだから軋轢もあったのかもしれない。3年生は喜びも無論ありながら、イライラ感が増していたのかも知れない。下級生とのちょっとしたトラブルも多かった。当時の私にもう少し「包容力」があれば、こうしたことを避けられたのにと、反省している。

 当時の3年生の保護者の話をすると、主将S田君のお父様は、お仕事の都合で平日にお休みのことが多く、ほぼ毎週のように練習を手伝いに来てくださった。
 T郷君のお母様は、本校のPTA会長という激務をこなされながら、野球部を応援してくれた。保護者会倉庫があるのはそのおかげです。今でもお父様は懇親会等にも参加してくださっている。つい先日も御夫婦で、手土産持参で本校に来てくださったようですね。この場をお借りして、不在を深くお詫び申し上げます。

 チームの話に戻そう。一進一退を続けながら、赴任後3回目の夏を迎える。

2010年7月12日 1回戦 大和引地台球場
生田
上矢部

 相手は継投で来た。本校のエースH本は12安打を浴びながら本当に粘った。でも、夏の時点では、後を任せる投手は、まだ育っていなかった。8回の3点が本当に痛かった。上矢部が放ったヒットは7本。力及ばなかった。でも、他校ならレギュラーになれていなかったであろう9番打者のA生君は、ヒットを放っている。彼は不思議と人望がある人物で、学業面でも非常に優秀であった。
 敗戦ながらも、際立つのは2年生のO・海君。3安打を放つ。代打で1年生ながら出場したI東君もライト前ヒットを放った。この試合、奪われた三振はわずか「2」。皆、チャレンジした結果だったのかもしれない。
 以下は、「俣野球場」(現:横浜薬大スタジアム)にて夏の大会用に撮影した写真。部員数が増えたことが一目瞭然。

沿革7


   上矢部高校野球部 沿革その6 「弱く」ても「良い」チーム10月29日 


 さて、2年目の秋の新チーム。3年生10人が抜け、腰を痛めた「トミー」も抜け、さらに1名退部者も出て選手は総勢11名となった。(女子マネ2名)
 8年間の中で最も「弱い」チームであった。この秋の練習試合で勝利したのはわずかに2度。年間でも10勝できたかどうか・・・新主将のS君は、かなり苦しかったであろう。まあ何せ11人で、他校ならば絶対にレギュラーになれないようなメンバーまで試合に出ていたのだから仕方がなかった。練習試合を2試合続けて行っても、1試合目とほとんど同じメンバー。変える選手がいないのだから。守備の際にはベンチにはいつも1人か2人。
 しかし間違いなく言えるのは、このチームは8年間の中で最も「良い」チームであった。全力疾走を怠る者など皆無だったし、自分たちが下手なのを自覚していたから、私に言われなくとも、一生懸命練習に取り組んだ。試合となれば、人数の少なさをカバーするために全力で声を振り絞っていた。
 冬も頑張って練習したが、翌春3月の地区大会は、川和高校で行われた。戸塚から川和高校まで3回も通わなければいけない。しかもチームの荷物も持ちながらだ。試合は3戦全敗。いずれも大差だった。しかし3試合を無事に終われた。当時は「勝つ」という意識よりも11名で、怪我人も出さず無事終われるか?という意識だった。終わった後のミーティングで私はこんな話をしたことを覚えている。「何はともあれ、無事に終われたな。本当にお疲れさん」
 だが、その1ヶ月後信じられない光景を目にするのだった。



   上矢部高校野球部 沿革その5 「O君@A K君@AB」10月28日 


 赴任したその年の秋の新チームは素晴らしい守備力を誇った。今でもあのチームを上回る守備力は作れないでいる。肘痛が癒えた長身右腕K君@は、サイドから素晴らしいボールを投げ込んだ。内野陣は今でも最強だったと思っている。強肩ショートO君@の弟は、夏まで本校野球部の主将をつとめた。
 なぜか今、思い出されるのはサードから時折、救援投手にまわるK君Aのバント処理だ。守備の際、無死走者2塁はピンチではなく、チャンスだった。相手は送りバントでくる、それをことごとく俊敏なフィールディングで、サードでアウトにした。秀逸だった。
 捕手のO君A。秋の時点で肩の強さは1学年下のS君とは劣っていた。正直、秋の時点では、かなり差があった。当時練習試合をする度にS君を捕手にした際には、相手校の監督から「捕手はS君の方が良いのでは?」とアドバイスをいただいたが、私はO君Aを使い続けた。主将ということもあったのだが、彼は見事に期待に応えてくれた。毎日、毎日のキャッチボールを地道に、丁寧に、粘り強く、そして一生懸命に行うことで翌春には誰もが認める正捕手と成長したのだ。嬉しかったなあ。
 さて、決定的に足りなかったのが打力。秋の公式戦は、被安打わずか「1」で負けた。その1本はツーベースだったと思う。春の公式戦、M君の犠飛で決勝点をあげ、数年ぶりの公式戦勝利をあげた翌日、またも秋と同じ相手に接戦で負けた。相手は市が尾高校であった。
 その後、打力アップの為に試行錯誤を繰り返しながら夏を迎えた。相手は麻布大淵野辺高校。今思えば、くじ運に恵まれなかった。この夏、麻布大淵野辺高校は4回戦まで勝ち進んだ、実力のあるチームだった。
 中盤まで耐えていた上矢部だったが、エースK君@は13安打を浴びた。

2009年7月16日(2回戦)秦野球場
淵野辺
上矢部

 さらに、今でも鮮明に覚えていること。前年夏、保土ヶ谷球場での試合で背番号「1」を背負い、先発したS君に「今日を境に投手をやめろ!」と宣言したことがあった。直後、長髪のK君Bは「ありえねえ」と吐き捨てたシーンだ。でもS君は、内野は無論どこでも守れるいわゆる「ユーティリティープレーヤー」だった。投手だけ適正がなかった。彼を夏の大会に出場させる為の、苦渋の決断だった。当のS君はその趣旨を理解してくれた。彼は夏の大会において代打で出場の後、ショートをつとめ、2度打席に立っている。この代の3年生10名がさらに素晴らしいのは、実に9名が成績優秀で「指定校推薦」を得て進学したこと。こんな偉業は未だに超えられていない。

 以下は、翌年の1月8日、運良く横浜スタジアムを借りられて練習した時のもの。長髪のK君Bは、右はじです!

沿革5


   上矢部高校野球部 沿革その4 「坊主頭」  10月27日 


 初年度の夏の大会の試合会場は、なんと「保土ヶ谷球場」。相手は二宮高校。「保土ヶ谷」=「TV中継」(TVK)なのだから、選手たちは大喜びだった。
今だから言うが、私は頭を痛めた。なぜなら当時の野球部員の髪の毛は伸ばし放題だったからだ。スポーツ刈りならまだしも、マンガ「タッチ」の「たっちゃん」ばりの長さ。(古いかも・・・)そしてテレビ中継、これではかえって逆効果にならないか?と心配した。
試合は前半こそ、主将Y君の右中間ツーベースなどが出て、優位に進めたが、相手投手が交代してから打線は沈黙した。上矢部はエースと考えていたK君が肘を痛めており登板できず、複数の投手の継投でリードを守ろうとするが、終盤ついに逆転されてしまった。上矢部は力の限り健闘したが、7−10で負けてしまった。

 さて、野球というスポーツの1試合に要する時間はおよそ2時間。2時間ぶっ通しで、帽子やヘルメットなど、頭に何かをかぶり続けるスポーツは他に何があるだろうか?まず思い浮かぶのは「ソフトボール」かもしれない。でも7イニングスだ。次はアメリカンフットボール。だが、「攻め」と「守り」で出場する選手が分かれており、2時間続けてあの重たいヘルメットを被り続けるわけではないだろう。高校までの「ラグビー」はヘッドギアが義務付けられているが、試合時間の平均は2時間を下回るのではないだろうか?そうしたことを鑑みて、私はせめて高校までの野球は「坊主頭」の方が理にかなっていると思う。
 賛否両論が生まれるだろうから先に結論を言うが、この敗戦の日を境に、私は自らの髪の毛を「坊主頭」にし続けている。もちろん、当時、家族からは猛反対を受けた。「40歳過ぎて、なんで坊主頭なの?」という妻の訴えには、少々申し訳ない思いもあったが、選手が「坊主頭」にしないならば、顧問の私が、率先して「坊主頭」になってやる!と決めたのだ。以来、今日まで「坊主頭」を続けている。




   上矢部高校野球部 沿革その3 「美谷本」のカツ丼  10月21日 


 野球部の沿革を語る上で、大切な人物の紹介を忘れていた。ご定年後も本校で再任用として勤務されている、上矢部の「守護神」M田先生だ!
 8年前、当時野球部顧問(今も顧問をしていただいている!)であったM田先生にご相談した。「野球部には『保護者会』がないのです。私は、是非作りたいのですが、ご協力願えませんか?」するとM田先生は、二つ返事で快諾してくださった。
 会の当日用意したのは「応接室」。15人分しか椅子はなかった。そしてその椅子は、全ては埋まらなかった。会の冒頭でM田先生は熱く語られた。「私は高校の野球部には、保護者会は絶対に必要なものだと考えます。皆さん、是非、保護者会設立にご協力ください!」今でもその光景がありありと目に浮かぶ。こうして野球部保護者会は設立(再結成?)されたのだった。

 その年の夏の大会直前、なんとか「壮行会」のようなものができないかと私は考えていた。選手と一緒に「旨いもの」を食べ、皆、幸せな気分と最高の笑顔で夏の大会に向かおう!というのが主旨だった。思いついたのは、岡津にあるお店「美谷本」(みやもと)の「カツ丼」だった。以前勤務していた岡津高校時代からその肉厚のカツ丼は絶品だと密かに思っていたのだ。当時の学生監督のO君も自腹を切ってくれて、20個余りのカツ丼を注文し、配達してもらった。ボリュームのあるそのカツ丼をペロリと食べきった華奢な1年生がいた。彼は腰を痛め、後に「サッカー部」へと転身するのだが、その見事な食べっぷりは今でも思い出せる。あだ名は「トミー」であったような・・・
残念ながら「美谷本」は最近、閉店してしまった。寂しいが、時の「うつろい」とは、そういうものなのだと改めて実感する。一方、壮行会は「保護者会」主催で今でも続いている。今年は「カツサンド」が出された。選手と保護者が同じものを食べる会になった。その注文数は約「100」であった。

以下が、8年前の夏の大会用に提出した写真。

沿革3



   データの活用 と 投手王国    10月17日 


中間試験前の休日を利用してU部長が、これまで女子マネが毎試合ごとに一生懸命記載したスコアブックを元に、詳細な本校投手陣のデータをマネとともにパソコン室に何時間もこもってまとめてくれた。これは出色の出来栄えだ!

その一部を紹介すると、投球イニング、自責点、防御率はもちろんのこと、与四死球率(9イニングで何個四死球を与えるか)、奪三振率(9イニングで・・・)、得点圏被打率(スコアリングポジションにおける相手打者との打率)、初球ストライク率、打者平均投球数(1人の打者を抑えるのに何球要しているか)などなど。その中に、WHIPというものがあった。正直、私はこの用語を知らなかった。調べてみると・・・

Walks plus Hits per Inning Pitched
     (1イニング当たりのヒットと四死球で何人の走者を出すか)

ということがわかった。ちなみにウィキペデイアの説明によれば、このWHIPの数値が「1」未満の場合は、球界を代表する投手。「1.2」未満の場合は、チームのエース級。「1.4」を超えるかどうかが好投手との境目、というような記述があった。あくまでプロが基準となる数値なのだろうが、なんとその「1.4」を下回る投手が上矢部にはいたのだ!それは1年のT君である。「良い投手だな〜」というこれまでの印象は、この詳細なデータにより一瞬にして「凄い投手」に変わったのだった!U部長と、マネたちの「選手愛」から生まれた貴重な「証明」である。これまで25年以上、高校野球に携わってきて、私はこの「WHIP」を知らなかった!若いU先生に教えられた。

私「〇〇年間、野球の指導してきたんですよね〜」と偉そうに宣(のたま)う方にお会いするたびに・・・
「あなたはストライクゾーンを選手たちに説明しました(できます)か?」
「インフィールドフライの定義を選手たちに説明しました(できます)か?」
@「ベースボールを日本に紹介した人は誰だか知っていますか?」
A「ベースボールを『野球』と名付けた日本人は誰ですか?」
B「硬球の縫い目はいくつですか?」・・・

「野球」を指導するからには、そのルールと歴史に精通する必要がある!と私は考えている。たいてい、そうした偉そうな『偉人』」ほど知らない。高校野球の指導者も多分100%知ってはいないだろう。
「そんなことも知らずに〇〇年間、野球を指導してきたのですか?」
と心の中だけで思っていた。しかし、自分の知らないことがあった。これを20代の先生に教えられた。情けない思いと、嬉しい思いとの葛藤であった・・・

@の答え:1872年(明治5年)ホーレスウイルソンによる 
Aの答え:正岡 子規ではなく中馬 庚(ちゅうま かのえ)1895年の「一高野球部誌」に正式発表。
ちなみに、正岡子規の「ベースボール」に関する歌(明治31年刊)を以下に3つ紹介する。
九つの人  九つの場をしめて ベースボールの 始まらんとす
うちあぐる ボールは高く雲に入りて 又落ちくる人の手の中に
今やかの  三つのベースに人満ちて そぞろに胸のうちさわぐかな
*「野球」という日本語訳こそ中馬にゆずった正岡ではあるが、「べーすぼーる」への愛は、関連図書からも随所に伺える。さらに文豪、夏目漱石との交流から松山に「坊ちゃんスタジアム」ができているのではないかと推察する。愛媛は日本の第2の野球のルーツと考えている。(M)
Bの答え:108

さて、データに話を戻そう。本校のデータに記載された投手は、右腕4人、左腕4人の計8人にのぼる。
制球に苦しんでいる印象に思えた2年Yの初球ストライク率は5割。奪三振率も高いことが判明。課題のメンタル面も克服に向かっている。
指の怪我がようやく回復し、復活を目指す2年右腕のS。これまでの実績は充分だ!近日中に必ずや復活するだろう。
困った時だけ指名される2年左腕のT。嫌な顔一つ見せず、ブルペンに向かう。
最近、新星の如く加わった2年右腕のK。抜群の制球力だ。
1年Yは、本格派投手として2ヶ月ぶりに怪我から復帰する。投じるストレートの球速は130Kを超え、春にはその名を県内に轟かすかも知れない。
個人的には密かに期待している1年右腕のK。制球力があり、かつ決め球も持っている。データの数値も決して悪くない。練習への取り組み方を見直そう!これだけの投手陣なのだから、自ら必死にアピールしないと、登板機会は与えられない。いや、与えられるものではなく、勝ち取るものだ。
そして1年のT・K左腕コンビ。二人とも体格こそまだ小さいが、秘めたポテンシャルの高さは、今回のデータがあったからこそ見事に証明されたのだ!

11月には、16回目を迎える横浜西部地区交流戦(未公認)がある。親睦がメインの試合ではあるが、このデータによって「投手王国」となった上矢部投手陣の力を存分に発揮して欲しいと切に願っている。(M)




   上矢部高校野球部 沿革その2      10月15日 


8年前。赴任は、4月1日。その数日後の週末には最初の練習試合が組まれていた。

大変だった・・・。

まず、朝、正門が開かない。自校も相手校の選手もそして私も、正門前で、ずっと待っていた。前任の顧問からは何の引き継ぎもなかった・・・まだ春休み中ということもあり、鍵を開けてもらう代行員さんにも、私の身分を疑われる始末。仕方がない。相手校の選手にも協力してもらい、なんとか試合会場を整え、最初の練習試合を実施した。こうした縁もあり、この学校とは今でも年に1度は練習試合を組んでもらっている。こうして、私の上矢部での野球部顧問生活がスタートした!
いの一番に取り組んだこと。それは、捨て置いてあった2台の一輪車を直すこと。8年目を迎えるその一輪車、これまで何度もタイヤがパンクしたが、その度に、ホームセンターに車を走らせ新しいタイヤを購入した。今でもなんとか生きながらえている。この2台の一輪車は、あの色あせた横断幕とともに私の心の宝物である。

10151  10152  10153

次に取り組んだのは、環境整備。バックネットを切り取り、広げた。近隣の桜〇高校に見学に行き、参考にさせてもらった。快く見学させていただいた、当時顧問の鶴〇先生には、この場をお借りして、御礼を申し上げたい!
バックネットを切り取ったのは当時2年生だった、O田君、お父様にも大変お世話になった。彼の尽力のおかげで、上矢部高校のバックネット裏は整備されたのだ。




   東京六大学野球見学!   9月21日(月) 


  希望者のみの見学ではあったが、女子マネを含む10名あまりの生徒が、今日、明治神宮野球場まで足を運んだ。カードは東京大学対法政大学。今日、東京大学が勝てば、2002年以来、13年ぶりの勝ち点奪取となる。

明治神宮

県立の普通校である上矢部は約1か月前、強豪横浜高校に立ち向かって行った。
結果は、惨敗であったが、そこから選手たちは何かを掴んでくれたようだ。以降の練習試合の結果は、県大会出場校相手に、勝ち越している。

東京大学を上矢部高校に重ねてみると、東大の、神宮における対戦校は常に横浜高校レベルと言えるだろう。今日の法政大学選手の出身校も、甲子園では常連の学校ばかり。さて、いかに戦うか?

結果は1−10。法大の勝利。東大は全く歯が立たなかった。しかしながら、見学に来た生徒は、高校野球のさらに上のレベルがあることを実感できたはずだ。真剣に試合を見ていた選手たちの姿から、それは想像できる。こうした経験を、今後のチームの成長に生かして欲しいと、切に願っている。






   上矢部高校野球部 沿革その1   9月15日(火) 


私が赴任する8年前の春の予選のこと。試合会場は金沢区のとある高校で行われていた。私は、すでに上矢部高校への異動が決まっており、当時の勤務校から近いこともあって試合をこっそり見に行った。
 見た瞬間、愕然とした。上矢部高校が守備の際、ベンチには誰もいなかった。
いや一人だけいた!遠くからでもわかった。それは若者。高校生ではないが、明らかに20代前半。彼はスコアブックをつけながら、選手にサインを出していた。顧問教諭は現地にはいたのだろうが、ベンチにその姿はなかった。

 混乱した頭を整理するために、選手の人数を数えた。「いち、にい、さん・・」あらためて確認する。間違いなく選手は9人ちょうど。

 当時は、わずか9人で公式戦に出場していたのだ。試合の結果は、コールド負け。それは3試合ともであった。ベンチにいた若者は、当時大学生のO君。彼が監督であったが、上矢部の卒業生ではなかった。平塚にある、強豪高校の出身だった。なぜ彼が、上矢部の野球指導に携わったのか?これを話せば長い話になる。全ては、本校バス停そばに掲げられている、赤い横断幕が8年前の象徴と言えるだろう。これは、当時の野球部3年生の、1人の保護者から、熱い想いを込めて、個人的に寄贈された横断幕なのだ。

 風雨にさらされ、いまでは色あせてしまった赤い横断幕。しかし、自分が赴任している間は、誰がなんと言おうともこれを掲げる!そう心に決めて、私の上矢部高校での最初の年はスタートした。






   緊急告知 中学3年生の皆様へ   7月27日(月) 


 本校恒例の、夏の部活動体験の日程が8月20日(木)となりました。しかしながら、なんとその日から野球部は、秋の新人戦が始まります。従いまして、部活動体験に野球部は参加できないのです。大変残念です。部活動体験には、ここ数年20名以上の中学生が参加してくれ、部員にとっても顧問にとっても、モチベーションの上がる行事でした・・・
そこで、次のとおり練習日程を公開致します。体験は無理ですが、見学は可能です。
是非、野球部の活動をご覧下さい。

7月

7月27日(月)上矢部高校にて練習  9:00〜17:00(昼食の12:00〜14:00は休憩)
7月28日(火)横浜薬大スタジアム にて練習試合(9:00〜12:00)
        藤沢八部球場  にて練習試合(14:00〜16:00)
7月29日(水)上矢部高校にて練習 13:00〜17:00
7月30日(木)上矢部高校にて練習  9:00〜17:00(昼食の12:00〜14:00は休憩)
7月31日(金)上矢部高校にて練習  9:00〜17:00(昼食の12:00〜14:00は休憩)
7月31日〜8月2日は校内合宿

8月

8月1日(土)上矢部高校にて練習試合 9:00〜17:00
8月4日(火)上矢部高校にて練習  9:00〜17:00(昼食の12:00〜14:00は休憩)
8月5日(月)横浜薬大スタジアム にて練習試合(13:00〜17:00)
8月6日(火)上矢部高校にて練習  9:00〜17:00(昼食の12:00〜14:00は休憩)
                     秋の新人戦 抽選会

以降の日程は、諸般の事情で公開できませんが、グラウンドライト側にある本校バス停近くから自由に見学が可能です。是非、ご覧いただきたいと思います。バックネット裏等で見学になりたい方は、野球部関係者に気兼ねなくお声をかけてください。歓迎いたします!





   0−1 遠かったホームベース 31期生の夏終わる。 7月12日(日) 


 夏の大会当日にも関わらず、何のプレッシャーも感じずに球場に向かうのは、長い指導歴の中、もしかしたら初めてかもしれない・・・そんな清々しい気分の朝だった。これも2人の若い顧問の先生が強力にバックアップしてくれ、さらに保護者会も全面的に協力していただいているからだろう。

 この清々しい気分は何から生まれたのか?道すがら、この1年間を振り返ってみた。今年は決して力のあるチームではなかったが、不思議と公式戦では良いゲームを展開してきた。新チームの8月、M高校に粘って勝利し、K高校には1-3の接戦で敗退したが、当時の力では最高のゲーム展開だった。冬を越えて春。A高校に鮮やかな逆転勝ち。H高校には終盤追いつかれ、延長戦の末に敗退するが、4校ブロックの結果は、まさかの得失点差1!

 2位で県大会へ出場。その県大会。実力校のS高校相手に中盤Kの同点ホームランが飛び出す!最終回の代打AのヒットやSのスリーランホームランは見事だった。
何かやってくれるのでは!そんな予感を胸に秦野へと向かった。不安よりも期待の方が圧倒的に上回っていた。

スコアボード

 試合の内容は、言うまい。ホームベースが遠かった。0−1の敗戦。何点差で負けても悔しいことには変わりはない。でも、まさかの0−1。3年生を全員出せなかった。悔しい。でも本当に良く頑張った。それ以上の言葉が出ない。「よく頑張った!」そう100万回ぐらい言える試合内容だった。
圧倒的に敵地の秦野球場。でも、上矢部の応援スタンドも決して負けてはいなかった。吹奏楽部、ダンス部、在校生、OB、保護者、卒業生保護者、先生方・・・・こうした支えがあって、君たちは良い試合ができたのだ。

 学校に戻り、3年生の引退式を行った。実は、上矢部高校に赴任して、引退式に私が参加できたのは初めてだった。3年生からは、口々に「感謝」という言葉が自然と出てきた。
「人間的に成長したな・・・」と思った。鍛錬1000日。泣くも笑うも一瞬。でも高校野球はその過程こそが尊く、意味のあるものだ。次のステップに生かして欲しい!





   野球部 夏の大会壮行会 いざ「出陣」!   7月4日(土) 


恒例となった、野球部壮行会がこの日、本校会議室にて実施された。本校では、監督から夏の大会のメンバーに選ばれた選手一人一人にコメントを添えて、直に背番号を渡されるのがこの会のメインイベント。その後、選手と保護者でともに会食というのがこれまでの流れではあった。しかし、午前中、2年生の保護者の集まりもあり、午後からの練習試合も、天候の不安もあり、せっかく準備していただいた保護者会には申し訳なかったが、短縮バージョンにさせてもらった。昼食も、試合を控えた選手が食べやすいように、サンドイッチ、でもやはり勝ちたいから「カツ(勝つ)サンド」!注文した数、実に100を超えた。

思い返せば、私が赴任した8年前には、こうした行事はまだなく、顧問が近くの蕎麦屋さんから「カツ丼」を運んでもらい、選手に食べさせた。人数もまだ少なかったので、顧問の懐もそれほど・・・・ではあった。

会の終わりに、女子マネージャーが長い時間をかけて、作り続けた文字鶴が披露された。今年のテーマは「出陣」。そして選手一人一人に、「出陣」の文字が入ったお守りが配られた。以下がその文字鶴の写真。

大池1
こうした熱い思いもあってか、この日の午後の練習試合では、6月以降、2勝目となる鮮やかな逆転勝利をもぎとった。

翌日5日の練習試合は、雨天中止となった。本校開催における練習試合。雨天中止は、3月以降なんと初めて!いかに選手たちが、日頃グラウンドを愛し、丹精込めて整備しているかがわかる雨の一日だった。





   拝啓 K野・K滝 様    7月1日(水) 


私ごとで恐縮です。
前任校で御一緒させていただいた、二人のK様。お元気でいらっしゃいますか?
私が異動する際、お二人にいただいた黒のアップシューズ、そろそろお別れの日が近づいています。
これまで、大切に、大切に使って参りましたが、さすがに8年目。先の方がいかれてきました。(以下が写真)

アップシューズ1  アップシューズ2

思い返せば、10年前、第88回大会、夏の開幕戦、相手は秦野高校でした。10年前のあの日、神奈川県大会史上初、開幕戦での逆転サヨナラ本塁打で、チームは大会初日で涙を飲みました。
今年も、いただいた黒のアップシューズで、夏の大会を迎えたいと思います。上矢部高校の初戦の相手は、その秦野高校です。

ありがたいことに上矢部の最上級生は、真摯に野球に取り組む生徒ばかりです。この生徒たちの底力を最後に信じたいと思います。
上矢部高校は、部員44名。女子マネージャー7名。
合計51名の立派な野球部へと成長しました。


二人のK様、どうか力を貸してください。お願い致します。
そして・・・アップシューズよ。どうか力を貸してくれ!




   対戦校決まる   6月15日(月) 


 夏の神奈川県予選の組み合せが決まりました。
1回戦の対戦校は、県内最古の県立高校である秦野高校です。学校創設の源流は1872年(明治5年)(130年以上も前!)からたどることができ、野球部は1972年に、夏の県予選で準優勝を飾った実力校です。試合会場は「秦野球場」完全にアウエー状態ですね。

 3年生にとっては、最後の大会。どうやったら校歌を歌えるのか、そしてどうやったら、本校13名の3年生を出場させることができるのか・・・頭の痛いところです。これはどの学校の指導者も同じだと思います。心を鬼にして、大鉈を振るわねばなりません。でも、自信をもって次の言葉は言えます。

「100回に1回は勝てる!その1回を本番で出そう!」

   




   大池合宿      6月9日(火) 


本校野球部恒例の「大池合宿」が終わった。3つの学年揃っての合宿の実施は、公立高校ではなかなか難しいが、関係各方面の協力があって、今年で7回目。
初日には、運良く「横浜スタジアム」をお借りすることができました。以下はその写真です。

毎年、夕食のお世話になっている南万騎が原駅そばの中華「福宝」さん。本当にありがとうございます。いつも笑顔で対応してくれ、ボリュームたっぷりの美味しい料理を提供してくれます。1年に一回だけの我々の訪問を心から大切にしてくれます。感謝申し上げます。

宿泊させていただいている、大池公園野外活動センターの皆様。本当にありがとうございます。お風呂も入れて、宿泊費はわずか数百円!

翌日の昼食のお弁当。手間のかかる「おにぎり」と食べやすい和風味の「豚シャブ」に仕上げてくださった、本校最寄りのお弁当屋「やまや」さん。本当にありがとうございました。

わずか一泊の合宿ですが、感謝の念をあげればきりがありません。
練習試合では、不甲斐ない結果が続いている状況ですが、夏の大会の抽選もいよいよ今週末に迫りました。保護者の皆様をはじめ、支援してくださる多くの方々の為にも、いまひとつチーム力を上げたいと思っています。

大池1  大池2




   勝利の校歌っていいなあ・・・      5月28日(木) 


 YouTubeで、とある大学の勝利の校歌を聞いた。「神宮の杜にこだまする・・・」という表現がぴったりの映像に、思わず鳥肌が立った。

 「勝利の校歌っていいなあ・・・」とあらためて思った。今年の3年生にも、夏の大会で、4年連続となる勝利の校歌を歌わせてあげたい!そう思った。

 でも、今年のチームの良いところとは、果たしてどこなのだろうか?
バッテリー、内野陣、外野陣、打線、走塁、チームワーク・・・?

 早くも、夏の大会のメンバーを決める時期が近づいている。同時にチーム紹介の為の大量の資料作成も近づいている。今週末には、その資料を受け取る「マネージャー会議」なのだ。

 永遠に続くと思われる日々。その終わりは、実は近いのだ。
50日後、勝利の校歌を、高らかに歌いたい。

 部員の皆様! ところで校歌の歌詞は覚えていますか?




   夏の大会の開会式まであと50日余りです。保護者の皆さま! 5月24日(土) 


この数字に敏感に反応するのは、実は選手よりも3年生の保護者の方々ではないでしょうか?思い返せば・・・

毎朝のお弁当作りや洗濯物、遠征では交通費もかかる。家では子供の愚痴を聞き、土日は、自分の身体を休めることもなく、足繁く試合会場に出向く。「あなた、そんなに辛いなら、いっそ部活動は辞めれば!」と何度心の中で思ったことだろう。そうすれば、自分は楽になる。でも、それで果たしていいのだろうか?そんな自問自答を繰り返しながら、気づけば残りの日数は50日余り。


これが実感では?(違っていたら、ゴメンなさい)

時間が許すならば、残りの50日余りを、お子様と一緒になって「戦って」下さい。お子様と一緒に「喜び」「悔しがり」「悩んで」下さい。これこそが「子育て」です。その「子育て」も実は、残りあとわずかですよね。

「あの時、あなたはこんな風に頑張っていたよね?」
「あの時、お前は、これができたよね?」
「あの時、君は、こんなことを言っていたんだよ」


子供とともに一瞬の「時」を共有できたからこそ、数日後、数ヵ月後、いや数年後に、保護者として言える言葉がある。これは何モノにも代え難い貴重な財産だと私は思います。
どうか、楽しみながら、残りの50日を、お子様と過ごしていただければと思います。

追伸:数日前「100回に1回は勝てる・・・」をお話しましたが、件の大学は本日、見事それを実証してくれました。実に94連敗!今日は逆転につぐ逆転、そして延長戦の末5年ぶりの勝利だそうです。野球の神様は本当にいるのかもしれない・・





   「横浜薬大スタジアム」とともに     5月21日(木) 

 中間試験の初日と最終日、「横浜薬大スタジアム」をお借りすることができた。ともに、わずか2時間の練習ではあったが、夏の大会でも使用する球場で練習ができたことは、選手にとって実りある時間となったと思う。

2008年4月6日 完成記念式典&野球場完成記念試合

横浜商業VS慶應義塾高校

 思い返せば、この年の4月1日に私は上矢部高校に赴任した。それからもう8年目に入る。自分の「上矢部高校」での生活は、この「横浜薬大スタジアム」とともに歩んでいるのだと、改めて思った。
 昨年の夏は、この球場で勝利の校歌を歌うこともできた。戸塚区にこうした立派な野球場があることは、とても素晴らしいことだと思う。大切にしなければと心に誓った。
 さて、夏の大会の抽選会まであと23日。その後、開会式までは27日。本番まで残りは50日余りとなった。今から50日前。それは1年生が入学式を迎えようとする頃だったはずだ。1年生も「高校野球」50日間をほぼ終えた。あと50日後、君たちは素晴らしい開会式を見るだろう。

その後の試合で、高校野球の厳しさを目の当たりにするだろう。



   小休止 & 「100回に1回は・・・」   5月13日(水) 

 チームは、中間試験を控えて「小休止」に入った。同時に、ここまでのチーム状況を総括してみたい。

 3月シーズンイン :思った程には「打てないなあ〜」
 3月公式戦     :1つ勝っただけで「運良く」県大会出場
 4月         :県大会は、頑張ったけれども所詮は1回戦負け
 その後       :接戦で、終盤のチャンスを生かせず「負ける」
             接戦で、終盤にミスが出て「負ける」
             序盤に投手が打ち込まれ「負ける」
                               ゆえに、敗戦が続く。

 どうしたら、この状況を打開できるのか、「監督」として真摯に受け止め、熟考する期間としたい。



さて・・・

       「100回やったら1回は勝てる!」


と強豪校との対戦の時に言う指導者も多いのでは?
今年の、夏、多くの私学強豪が「ノーシード」です。
もしも、そうした学校と初戦で当たってしまったら・・・・今から夏の大会の抽選が心配です。

 94回連続で負けている大学がある。それでも彼らは、日々、真摯に野球に取り組んでいるそうだ。何とか「100連敗」には到達させたくない、して欲しくない。 それは「100回に1回・・・」理論が成立しなくなるからだ。 頼むよ! #1



   「母の日」   いつも『ありがとう!』   5月10日(日) 

 昨年に引き続き今年も、
二俣川駅近くにある、花屋「FLOWER SHOPすずの芽」さんのご協力で、部員一人ずつに赤いカーネションを持ち帰らせることができました。 この場をお借りして、厚く御礼申し上げます。

「昭和」が「平成」になり、早27年目を迎えます。
数年前、とある重鎮の先生がおっしゃっていたこと。
「平成になって『ありがとう』と『ごめんなさい』
が言えない生徒が増えてきた。」・・・・ 深く考えさせられる言葉でした。

 一輪のカーネーションは、その『ありがとう』を言うためのアイテムです。言う相手は、父親でも、祖父母にでも構わない。『ありがとう』と心を込めて言える人間になって欲しいというのが野球部顧問一同の強い、強い、願いでもあります。



   ガーデン&ミニトマト  5月6日(水) 

上矢部高校には、バックネット裏に「野球部ガーデン」がある。
先日、保護者会の皆様が、あっという間に整えてくれた。
ありがとうございました!

5月6日  5月6日

綺麗なお花とともに、今年もミニトマトが植えられた。
夏が近づくと、たくさん成長するのだが、これがまた、美味しいのだ!
上矢部高校産ミニトマト。選手も、女子マネも、そして顧問も楽しみにしている。そして、これを食する頃には、夏の対戦相手が決まっていることだろう。

夏の抽選会までは30数日。3年生にとっては、長いようで短い「高校野球」は、最終コーナーを回りかけている。そんな思いを胸に、この日、我が家の小さな小さな「ガーデン」も耕して、ミニトマトを植えた。

4年連続、夏の大会勝利を経て、食べたいと、切に願った!



   ゴールデンウイーク(G・W)  5月 

 上矢部高校に赴任して8年目になる。この間8名の卒業生が、警察官や消防士に合格した。これが私の、ちょとした誇りでもある。

G・W中に、この春卒業した2名の野球部卒業生が訪ねて来てくれた。いずれも、県の警察学校に入学し日々鍛錬を重ねている。
二人が折りたたみ椅子に座って、試合を見ている姿は、まさに「直立」。背筋がピンと伸びていて、思わず「もう少しリラックスしたら」と声をかけたくなる。
初任給をもらい、買ってきてくれたそうだ。硬式ボール1ダース!聞けば1万円以上もしたそうだ。以下がそのボール。

5月6日
夏の大会で、試合前のノックに使わせもらうよ。なにせ、君たちは在籍中、毎年校歌を歌えたのだから!(3年間、夏の大会全て初戦突破!)
こんな縁起物はないよな。

G・W中、一昨年の卒業生たちが集まってきた。確か一人いなかったはず?
彼女でもできたかな?(笑) 5年前の卒業生が来てくれた。彼の言葉に涙が出そうになった。彼の言葉。

「自分が在学している時には、こんなに部員がいなかった。だから僕は今、これだけ多く後輩の前で話ができてとても嬉しい! 自分がやってきたことが、ちゃんとつながっているんだなと実感できるからだ。そして、3年間野球部を最後まで全うしたから、 自分は、今でも付き合える仲間がいる。君たちも頑張って欲しい!人との出会いを大切に。そして『人間的成長なくして技術の向上なし』だ! これが当時のコーチに常に言われていたことだ。」



   「時」の流れは平等。でも、その「時」が止まる瞬間が・・・ 4月30日(日) 

 「時」の流れは、大人であれ子供であれ、平等に流れている。
これをご覧のあなたも、昨年からひとつ歳を重ねただろう・・・

神奈川県の高校野球は、春の県大会の頂点を決める「時」が近づいてきた。
強豪校にもそうではない高校にも新入部員はいる。彼らにも「時」は平等に流れている。

その流れる「時」が止まる一日が高校野球にはある。それは夏の大会の開会式だ。

4月30日  4月30日

県内の全ての高校の新入部員に向けて言いたい!あの横浜スタジアムでの開会式を、その場でリアルに体験して欲しい。今は、辛いこと、苦しいこと、嫌なこと・・・部活、辞めたいと思うかもね。
でも、あの一日のために、今の苦労があるのだ。全てが止まる一瞬。そう、「時」が止まるのだ。辞めるのならば、あの夏の開会式を見てから辞めてくれ。開会式のファンファーレを聞いて、鳥肌が立たなかったら、辞めてくれ。あの人工芝のグラウンドに立ちたい!と思わなかったら、辞めてくれ。

4月30日

教員になって、25回目の開会式で、私はまた、鳥肌が立つだろう。
あの開会式まで、部活、頑張ろうよ!



   サポーターの力  4月27日(月) 

 先週末、本校野球部卒業生の保護者の方々から、とある集まりに招待された。
指定されたお店に入った途端、目に飛び込んできたのは・・・・お店のお客さんの80%近くは、上矢部野球部関係者!その数30名は超えていただろう。

 皆、本当に楽しそうに、懐かしそうに話をしていた。「笑顔」「笑顔」「笑顔」!
子供の話、仕事の話、昔の試合の話、将来の話。話題は尽きない。

 楽しいひと時を過ごさせていただいた。この春卒業した生徒の保護者から、5年前に卒業した保護者まで同じようにテーブルを囲んでいた。

 何かと辛いことが多い、運動部の顧問教諭だが、こうした思いがけない「おまけ」が後についてくる。こんな嬉しいことはない。

 こうしたサポータ−(支援者)のおかげで、本校の野球部は成り立っている。
そう改めて実感した夜であった。

 まてよ?肝心の「卒業生部員」は30名も集まったことはない。
まだ、私が怖いのかもしれない。



   新人来る!    4月25日(土) 

 入学式から、はや2週間が過ぎ、「33期生」となる新1年生部員がやって来た!身体の大きい生徒も小さい
生徒も、足の速い生徒も遅い生徒も、ボールをしっかりと投げられる生徒も、そうではない生徒もいるけれど・・・
           「人は財産なり!」

 皆、大切に育てていきたいと思っている。そして、ありがたいことに、女子マネージャーも多数入部してくれ
た。

 近年、本校の学習環境が徐々に良くなっているのは、こうした「誰かのために尽くしたい」という生徒が増え
てきたからだと思っている。進学先をみても、あくまでも私見だが・・・「将来、大変な仕事だろうな〜」と思われ
る分野への進学者が多いのだ。
 「心根」の優しい生徒が増えてきているからこそ、マネージャーを希望してくているのだろうとも思う。それ
が証拠に、新入生で「ボランティア同好会」を作りたい。という動きもあるそうだ。

 安心で、落ち着ける、居心地の良い「学校」や「部活動」にしなければ! とあらためて思っている。

 8年前、私が赴任した時にはわずか18名だった野球部員は、この春、本校史上最多の53名となった。 そして私はと言えば、今日またひとつ齢を重ねた。



   県大会1回戦 その2  4月12日 

 ホームランを放った選手だけが、ベース一周を全力疾走しなくて済む。打者として、この「至福の瞬間」を味わえる者は、そう多くはいない。ましてや公式戦の舞台で。ベンチは沸き返った。5回のグラウンド整備が終わる。しかし6回表、桜丘は攻撃の手をゆるめてはくれない。

 公立普通高校(商業・工業高校を除き)で、この20年の間に夏の神奈川県予選決勝に残ったのはわずか1校。それが対戦している桜丘高校だ。
時は第81回大会。横浜高校が、あの松坂投手を擁して、春夏連覇を成し遂げた翌年のこと。かつては近鉄、巨人で活躍した阿波野投手を輩出した。桜丘高校は間違いなく、公立の雄なのだ。

 6回表に3点を追加され、さらには9回表にダメ押しの4点を加えられた。万事休す。6−13となった。奪われるのは5点どころではなかった。
奪えたのは6点。目標とした7点に1点届いていない。なんとか、目標の7点を取りたい。できれば8点。地区予選、延長で敗れた時は7−8だったからだ。

 しかし上矢部は、最後の攻撃で粘りを見せた。

 代打のAが痛烈なライトへのヒットを放つ。目標の7点目を奪ってなお2死1・3塁。さらに代打のS。まさかとは思ったけれど、なんとここで彼はホームランを放つ!4点を返し試合は10−13。だが、次打者が打ち取られゲームセットとなった。

県大会で、10点を奪えたことは、自信になるだろう。
県大会で、13点を奪われたことは、深い反省につながるだろう。
県大会に出られたからこそ、こうした経験ができたのだ。

           この貴重な経験を、夏の本番に生かしたい!




   県大会1回戦 その1  4月12日 

 昨日の雨天順延を経て、今日この場所に立っている。確か、先週もここに立っていた気が・・・それは「苦い思い出」今は思い出すまい。
数百メートル先を見上げるとそこには日章旗がはためき、数基の照明灯も見える。ここは横浜市立桜丘高校。そして数百メートル先に見えるのは、
神奈川高校野球の「聖地」、保土ヶ谷球場だ。

 県大会1回戦、思い切って入れ替えたスタメンや打順が機能するのかは、ぶっつけ本番だった。
攻守は後攻、「野球は3イニング×3=9イニングスでの勝負!」というのが試合前の選手へのミーティングだった。9イニングスの怖さを、地区予選の東高校戦で痛いほど味わったからだ。

 「5点は取られるだろう、でも7点取れたら勝てると思う」こう付け加えた。

保土ヶ谷球場に触れたのは、もしも今日、桜丘高校に勝利できたならば、翌週、誰もが夢見るその「聖地」で、誰もが憧れる横浜高校と対戦できるからだ。

 しかし、桜丘との試合は、序盤から劣勢となった。上矢部のエースナンバーが、「めった打ち」にされた。
4点、2点と奪われ、4回を終えてすでに0―6のコールド負け寸前。

 4回表の相手の攻撃が終わる寸前、「M先生、いいですか?」と若いU部長が聞いてきた。次の攻撃時の円陣で話をしてもいいか?ということだ。

  「もちろん!」私は答えた。そして円陣。

U部長「自分たちで勝ち取った県大会出場じゃない。他の学校から、いただいた県大会なんだから、失敗を恐れず、思い切ってやれ!」

 この激励がきいた!ここから、上矢部の反撃が始まった。4回裏になんと4点を返すのだ。さらに5回の裏、4番打者が見事な打撃をみせる。
走者を一人置いて、打った瞬間ホームランという当たり。2点を加えて6―6の同点となる・・・・

                                                   次回に続く



   「勝ち」に不思議の「勝ち」あり・「負け」に不思議の「負け」なし  3月31日 


3月26日
 春季県大会ブロック予選、初戦の旭高校戦。2−4の劣勢から、いよいよ追い詰められた
8回裏、無死1塁からのバスターエンドランが功を奏し、3点を取り逆転!9回表を凌ぎき
って5−4の勝利。相手バッテリーの巧みな配球に苦しめられた。旭は、選手は一丸とな
っており、若き指導者たちが作り上げた気迫みなぎる素晴らしいチームだった。正直、
なぜ勝てたのか未だにわからない・・・。
「勝ち」に不思議の「勝ち」あり、だった。


3月28日
 2戦目の東高校戦。決戦の日だ!しかしながら9イニングスの難しさを改めて痛感した
試合だった。序盤に7点を取るも、3点を返され、さらに1点を追加され、じわじわと詰
め寄られる。上矢部は、5回以降残塁やミスを重ねて無得点。そしてついに8回裏、3点
を取られ同点となる。その直後1死三塁。・・・絶体絶命の場面を新2年生投手で乗り越
えられたのは収穫ではあったが延長戦に突入。打者一巡した11回裏にピンチを迎える。
結果は鮮やかなサヨナラスクイズ。最後は「監督」の差が出た試合だった。
「負け」に不思議の「負け」なしなのだ。多くのOB関係者が、わざわざ応援に駆けつけて
くれたのに・・・
 東高校に負けたその夜は、なんとも寝付かれなかった。


3月29日
 私学強豪の日大高校に勝つために、選手は全力で臨んだ!0-5から3点を返し、まだ2死
満塁。見送り三振が痛かった。「チャンスの後にピンチ有り」これもやはり野球の名言だ。
ほんの一瞬、相手をひるませたかもしれないが、上矢部の投手は「ストライク」を投げよ
うと必死になるが「ストライク」の精度が私学の打者に対しては必要となる。甘い「スト
ライク」を連打されて3-10の7回コールド負けだった。
 しかしながら選手たちは3日間よく頑張ったと思う。遠く日吉駅まで大きな荷物を抱え
3日続けて通うのも、大変なことだ。「よく頑張った!夏にまた頑張ろう!」それで最後
のミーティングは締めくくった。
この時点では、県大会出場など1%も考えていなかった・・・。


1位 日大高校 (3勝・県大会出場確定)   上矢部高校 得失点差 ―7(確定)
    旭高校   得失点差 ― 19
    東高校   得失点差 ―  4

この日の2試合目、旭高校が13点差をつけて勝てば2位、東高校が3点差以内の敗戦ならば
2位。4点差以上の敗戦ならば、上矢部高校が2位となり、県大会出場となる。
 これまで、20数年間高校野球の指導をしてきたが、このような他力本願で県大会出場を
決められたことは1度もなかった。だから選手たちにも「諦めよう」と言った。


しかし   旭―東の試合は初回から動いた!
 初回の旭の猛攻は凄まじく7点を奪った。本来の力が発揮された1回の表だった。
その後、打力に勝る東は、集中打を浴びせ9回表を迎える時点では8―5で旭の3点差リード
だった。東は、本当に諦めることを知らない粘り強いチームだ!このまま終われば、東が
2位通過で県大会。しかしながら、なんと9回表に旭が1点を追加する!帰り支度を整えて
いた上矢部の部員や私らも、9回裏の東の攻撃に目が離せなくなった。
 粘りの東、先頭打者がライト前ヒットで出塁する。「さすがだな〜」思わず声が出た。
続けざまの攻撃で一死満塁。東はスクイズを敢行する!わずかに切れてファール。その後
2番打者は三振。
2死満塁。だが次打者は、日大、上矢部の2試合で計8本のヒットを重ねる好打者だ。
  私は正直諦めた。なぜかわからないけれど、この好打者の時に、常に塁上にはランナーが
いる。カウント3ボール2ストライク。旭の投手が投じた1球は明らかに低めのボール球だ
った・・・それを打者はファール。観客全体に大きなどよめきが生じた。これほど胃が痛
くなった瞬間はかつてないだろう。それは、自分たちでどうにかなるものではないからだ。
選手たちも同じ気持ちであっただろう。次のボールが投手の手から離れた・・・結果は
「三振」でゲームセット!上矢部高校が、奇跡の得失点差「1」で3年ぶりの春季県大会を
決めた瞬間だった。 
この時、高校野球には、
いや高校野球だけには「野球の神様」が居るのだと思った。
同時に、旭高校・東高校の分まで、県大会で頑張らなければいけないと決意を固めた。



   日本学生野球憲章 前文  3月8日 シーズンイン!


今のチームは、結成以来「日本学生野球憲章 前文」を全員で大きな声に出してから活
動を始めます。以下に、その前文を記します。「学生たることの自覚を基礎とし、
学生たることを忘れてはわれらの学生野球は成り立ち得ない。勤勉と規律とは常にわれら
と共にあり、怠惰と放縦とに対しては不断に警戒されなければならない。元来野球はスポ
ーツとしてそれ自身意昧と価値とを持つであろう。しかし学生野球としてはそれに止まら
ず試合を通じてフェアの精神を体得する事、幸運にも驕らず悲運にも屈せぬ明朗強靭な情
意を涵養する事、いかなる艱難をも凌ぎうる強靭な身体を鍛練する事、これこそ実にわれ
らの野球を導く理念でなければならない」

これが制定されたのは1946年(昭和21年)、終戦後の翌年です。そしてこの年、高校
野球の全国大会は5年ぶりに復活を果たします。場所は甲子園ではなく、西宮球場(兵庫
県西宮市)。第28回目の大会です。開幕したのは、終戦からちょうど1年経った、8月1
5日だったそうです。2月6日(金)の朝日新聞朝刊の記事に次のようなものがありました。
4万人の観衆が兵庫県西宮市の西宮球場を埋める。高校野球の復活を告げる盛大なファン
ファーレが、空高く鳴り響いた―。「こんな幸せがあるのだろうか」。行進しながら東京高
等師範学校(現筑波大付属校)の二塁手は喜びに震えた。

第1回全国中等学校優勝野球大会が豊中グラウンドで行われたのは1915年。それから数え
て、今年2015年は高校野球100周年を迎えます。上記の「学生野球憲章」の理念を踏ま
えつつ、いよいよ100周年のシーズンが始まります!

春季横浜地区予選
 以下のとおり、会場や対戦校等が決定致しました。関係者の皆様、熱い応援をよろしく
お願い致します。なお、会場の日大高校グラウンドは、学校とは離れた場所にありますの
でご注意ください。また、会場に駐車場はありませんので、お車でお越しになる際は、近
隣パーキング等を御利用ください。重ねて、会場担当校に御配慮をお願い申し上げます。
 
会場校:日大高等学校グラウンド
 住 所:横浜市港北区日吉6−12−3
    (「日吉自動車学校」を目印にお越しください)
 試合日程
3月26日(木) 12:30開始予定 対  旭高校 (第2試合目)
3月28日(土) 12:30開始予定 対  東高校 (第2試合目)
3月29日(日) 10:00開始予定 対 日大高校 (第1試合目)



   凡事徹底  卒業式 「贈る言葉」3月6日


私(監督)の出身高校は、横浜の、三ツ沢の丘の上にある県立高校です。昨年創立10
0周年を迎えました。野球部も同時に創部80周年を迎え、記念誌を発行しました。諸先
輩方のご苦労があって、見事な記念誌が完成しました。
今から約30年前のことです、私が高校2年生だった時に、創部50周年を記念し野球部OB会が発足しバッティングマシンを寄贈していただきました。初めてマシンにボールを入れた、あの感動の一瞬は今でも忘れられません。
母校の校訓は「大平凡主義」でした。「平凡」こそ「非凡」なれ!ということです。
ただし、この「平凡」のレベルがひとりひとりの人間にとって大事だということです。自
分が高校生の頃は、これが何を意味するのかサッパリわかりませんでした。しかし少々、
歳を重ねた今は、ハッキリとわかります。

 寒いから寝坊をするのが「当たり前」。食べたものをそのままにしておくのが「当たり前」。
脱ぎ放し、やりっ放しが「当たり前」=「平凡」=「凡事」ならば、決して「非凡」には
つながっていきません。「当たり前」のレベル、この水準を上げることが「非凡」へとつな
がっていくのです。
ひとつひとつの、自分の行動、言動のレベルを引き上げ、それが「当
たり前」と思えるようになること。・・・一回だけならば、一日だけならば、誰でも「非凡
」になれますが、それを常に「当たり前」にすること。すなわち「凡事」にするレベルを上
げることこそが本当の意味での「非凡」へと繋がります。
 一回だけならば誰でもできます。でも、誰もができることをコツコツと積み上げ、誰も
できないレベルまで継続すること。
これが「非凡」なのでしょう・・・

野球で言えば、バントが上手くできるのは「当たり前」。ヒットエンドランでゴロを打て
るのは「当たり前」・・・書き出せばきりがありません。
 非凡なチーム(「非凡」な人間)を目指すのであれば、「平凡」=「凡事」のレベルを上
げること。
これが非常に大切な事だと思います。
生徒たちだけに、押し付けにならぬよう、まずは指導者の私から・・・「凡事」のレベル
を上げるべく、精進していきたいと思っております。

   2月が終わり 弥生3月 別れの季節 2月28日


 2月末の28日。2週連続の野球部施設補修にご協力いただいたお父様方。
本当にありがとうございました。
 本職は「植木屋」なのに、いろいろとご尽力いただいた金子卓司さん。あり
がとうございました。
 竹谷様。本校の木製トンボをいつも無償で修理いただいている上に、今回の
補修につきましては、いくつもの材料をいただき、加えてお手伝いとアドバイ
スまで・・・心より感謝申し上げます。


 さて、3月1日。雨模様の中、卒業を控えた3年生と現役部員との「送別試
合」を実施しました。幸い7イニング行なえました。
髪の毛が伸びた3年生たちに、私は少々、違和感を抱きましたが(・・・笑)
皆楽しそうにグラウンドで最後の「高校野球」を楽しんでいました。
 3年生の保護者の皆様方にはT-berryの美味しいお菓子まで差し入れいただ
きました。これまでご協力をいただき、改めて感謝申し上げます。

 野球部では、後日恒例の「お別れボーリング大会」が行われ、その翌日が「卒
業式」です。なんと、私が司会の大役を務めます!
卒業生の門出を、全身全霊を込めてお祝いしたいと思います。


   合格発表 2月27日


   この日、入学試験の合格発表があった。中学3年生にとって、入試は過酷な
試練だったろう・・・合格した皆様、本当におめでとう。
でも、残念ながら不合格になってしまった皆様、本校を選び、受検してくれて
ありがとう。心を込めて君たちには、ある映画の中のセリフを贈ります。
                  「逆風とは、向きを変えれば追い風となる」
 今回の結果は、まさに「逆風」であったと思います。でも、これからあなた
の過ごし方によって、あなたの高校生活は「追い風」にもなります。辛い結果
を受け止めるのには時間がかかるとは思うけれど、「向きを変えて」そして今後
のあなたの人生が「追い風」になることを心よりお祈り申し上げます。
     
   さて、合格を勝ち取った皆様。あらためておめでとう!・・・でも今回の入
試、一番心配していたのは、皆様の保護者の方々です。かくいう自分も親とし
て昨年経験しました・・・
あなたは、保護者の方に素直に「ありがとう」と言えましたか?そしてあな
たは、本校でどうやってこれからの3年間を過ごしますか?
 
楽な道、楽しい道はいくらでもあります。でもそれを味わい、高校を卒業す
る時には、ハッキリ言って何も残りません!
                「あなたは高校時代に何を頑張ったのですか?」
こう3年後に問われた時に、何の答えも言えないような高校生活だけは過ご
さないでください!




   理学療法士 2月22日


受検生の皆さん、先週の入学試験等お疲れ様でした。春に皆さんとお会いでき
ることを心より祈っています!


さてこの入試期間中、在校生は「自宅学習」で部活動はできませんでした。で
すから、この週末が久しぶりの練習でした。この日、監督の知り合いの理学療
法士の方がボランティアで来てくれました。横浜南共済病院に勤務する、小野
さんです。理学療法士は英語では(Physical Therapist)略してPTとも呼ばれ
ます。半日お付き合いいただきましたが、選手の立った姿を見ただけで「あな
たはここが弱いですよね?」選手のほんの少しの動作を見ただけで「あなたは
ここをこう使ったほうが良いですよ」と的確なアドバイスをしていただきまし
た。
やはりプロの目は違うなあ〜と改めて思いましたね。ひとことひとこと発せら
れるアドバイスがまさに神のごとし!
でした。選手にとっても良いアドバイス
をもらえたのではないでしょうか。そして、なにより嬉しかったのは、小野PT
さんの最後の言葉。「良いチームですね〜本当にそう思います。今日は楽しかっ
たです。また是非呼んでください!」

初めて、「良いチーム」と言っていただけたかもしれません・・・冬練の様々な
取り組みの成果が出てきているのかな〜と思います。小野さん、本当にありが
とうございました!




   漢字検定 1月31日


いよいよ、漢字検定当日!風邪の流行っているこの時期ながら、野球部員は全
員受検することができました。(1名は同時期に英語検定を受験)
先週の模擬試験以降、どれだけ追い込めたかが試されました。結果が出るのは
約4週間後。昨年度を大幅に上回る合格者ができることを期待しています。

     


   御礼状 1月31日


野球部では、数年前から年末・年始に戸塚郵便局でのアルバイトを希望制で実
施しております。今回も多くの生徒がアルバイトに励みました。昨日は、ひと
りひとりにご丁寧なお礼の書面が送られてきて、同時にお給料が振り込まれた
ようです。人生初のアルバイトを経験した者も多く、非常に貴重な体験をさせ
てもらっています。この場をお借りして、戸塚郵便局の皆様には厚く御礼申し上げます。
  そこで、漢字検定受験後に、各自、郵便局宛に御礼状を書きました。しかしながら・・・・
パソコンが普及した昨今、直筆で文書を書くのはどうも不慣れなようで・・・

さて、明日は2月1日。プロ野球のキャンプ開幕です。球春到来まであとわず
か。残りの冬季練習も、選手とともに頑張りたいと思います。
     


   戸塚区駅伝大会 1月25日


初めて、戸塚区の駅伝大会に参加しました。この駅伝は68回目を迎える伝統ある大会
です。上矢部高校野球部は1年生チーム、2年生チームの2チームが参加しました。(6
名ずつ 各選手2.9Km)この時期の野球部の練習は、厳しいランメニューが続きます
が、日頃はその成果がなかなか見えません。戸塚は大学箱根駅伝の2区中継の場所でも
あり、1本の襷を繋ぐ「チームワーク」の育成の意味でも、オフシーズンの成果を試す
意味でも、絶好の大会かと考え参加しました。

野球部駅伝1

大会プログラムとゼッケン(左)                                開会式の模様:深谷小学校にて(右)

野球部駅伝2

1区を走る2年生M[上矢部最速の記録を樹立](左)      同じく1区の1年生F(右)

一般男子の部(高校生以上)チームは35チームが参加しました。区内の高校陸上部も
参加しており、10位以内に入ることができれば良いのではと思っていました。いざス
タートすると中学校陸上部の速さに圧倒されました!一般の部は、社会人チームがトッ
プ。その後各高校の陸上部が追う展開でした。「やはりレベルが高い!」1区を終えて
そう感じました。出場外の選手やマネージャーたちは、コース中一番厳しい「戸塚西公
園」横の登り坂付近にて応援。
     
野球部駅伝3
     
戸塚西公園横の登り坂を激走するキャプテンO

2年生チームは、最終6区、この坂道入口までは一般男子の部6位でしたが、切り札M
が、前を走るチーム(区内の高校野球部チーム)を追い越してゴールイン!初出場で見
事5位に入りました。1年生チームも健闘し、11位に。生徒たちは本当によく頑張っ
たと思います!

さて、閉会式を終えて、今日の大会を振り返った時に、たくさんのボランティアの方(約
50名)にコース各所に朝早くから立っていただいていました。年配の方々も多く、お
身体には非常に厳しかったかと思います。迅速に各区間の選手結果を出していただいた
り、先導や最後尾の選手への配慮等、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。この場をお
借りして運営の方々に御礼申し上げます。会場を後にする時、使わせていただいた小学
校のグランドを整備する他校の選手のたちの姿を目にしました。「ああ〜さすがだな・・・」

順位にこだわらず、完走を目標に、私の年齢に近い方々も多数走っておられました。「す
ごいな〜」というのが正直な感想です。こうした「走る」ことを楽しむ人たちにも支え
られて戸塚区駅伝は68回もの「襷を繋いでいる」のだなとあらためて感じました。
     
     

   漢字検定模擬試験 1月24日


昨年度から、部の活動の一環として「漢字検定」の試験を受けています。本番
の試験まであと1週間と迫ったこの日、漢字検定の模擬試験を実施しました。
 
昨年は2級合格者が1名。準2級合格者が2名と少なめでした。監督である私
(英語科教諭)も昨年2級に挑戦。必死の努力を重ね、かろうじて合格しまし
た。勉強は本当に苦しいものでしたが、47歳で何十年ぶりかに手にした「合
格証書」は感慨深いものでした。必死に「努力」して何かを「勝ち取る」。この
経験を生徒たちにもさせたいと思っています。

模擬試験は部長の顧問(国語科教諭)が実施。すぐに採点を行いました。本校
野球部の受験者は、2級が2名、準2級が20名弱、残りは3級です。2級の
合格ラインは160/200(80%)、準2級と3級は140/200(70%)
が目安とされています。ちなみに一昨年度の総受験者全体の合格率は3級で4
5.4%、準2級で34.9%、2級は23.3%でした。最難関の1級は1
0.8%でした。

さて、模擬試験の結果は・・・この時点で合格ラインを超えている生徒が2名。
あと20点余りで届く生徒が3〜4名。100点(50%)を超えている者が
大半でしたが、残された期間は1週間。どこまで「必死」にやれるのか?
頑張って欲しいと思っています。
     

   砂浜練習


昨年は雪の影響でできなかった砂浜での練習を、1月17日、金沢区にある海の公園にて行いました。
今年は陸上部と合同で行い、メニューも陸上部にお任せしました。砂に足を取られて悪戦苦闘するものの、
シーパラダイスの施設を背に、ポカポカ陽気の中、汗を流しました。ちょうど「どんど焼き」の
イベントと重なり、「焼きそば」や「うどん」などの出店も出ており、賑やかな雰囲気の中、
無事に終えることができました。
     
砂浜練習


   ペール缶(ティー缶)


ペール缶

上の写真の缶、正式名称は「ペール缶」といいますが、野球部では「ティー缶」と呼んでいます。
ティー打撃用のボールを入れておくからです。昨年末に、とある方のご紹介で、
ピカピカの「ティー缶」を18缶もいただきました。港南区のオートバイ屋さん、
藤沢市の工場の方、この場をお借りして御礼申し上げます。これらの方々をご紹介していただいた
のは、戸塚区在住の男性の方。ご自分で、シールも作成してきてくださいました。
ちなみに「伊達直人」とは、仮名ですので・・・このティー缶1つに、ボールは約50個入ります。
本校にはこれが40缶ほどありますので、ティーボールは計2,000球近くになります。
こうした近隣の方々のご協力のおかげで、野球部の施設は、年を重ねるごとに充実しており
ます。「伊達直人」様、ありがとうございました。今年もよろしくお願いいたします!


   松本師匠presents陶芸教室

去る1月6日(火)、野球部の練習始めとなったこの日、
本校非常勤職員で陶芸を専門とされている美術科・松本先生が、
ご厚意で野球部員30名+部長1名に陶芸教室を開いてくださいました。
     
「集中力」「継続力」の鍛錬を目的に全員で茶碗作りに挑んだのですが、
最初は同じ形だった粘土が、いつの間にか各自の個性溢れる「作品」に!
     
陶芸1  陶芸2

お椀の厚さを均一に仕上げていく作業にはたしかに集中力が必要で、
部員も(部長も)松本先生の教えを受け、熱心に取り組みました。

実は十数年前にも、松本先生は上矢部高校に勤務されており、
当時の野球部員に陶芸教室を開かれたとのこと。
松本先生は当時の野球部の思い出を語っておられましたが、
私どもにも貴重な体験をさせていただき、ありがとうございました!
本校野球部が多くの人に支えられていることに改めて感謝致します。

陶芸3

3月頃に焼いていただけるというこのお椀たち。
部員たちも真っ黒に日焼けして、春の大会に全力で臨みましょう。


    野球部 2013-2014



   行事


10月11日
この日は上矢部高校にて学校説明会が行われました。野球部員は受付と誘導のお手伝いをさせてもらいました。来校される方々に気 持ち良く、そして的確に案内ができたと思います。多くの教員からお褒めの言葉をいただきました。コミュニケーション能力の育成という 点で、とても良い勉強をさせてもらいました。
その後は、マネージャー手作りのカレーを食べて、お腹を満たして解散となりました。


   9月初旬

夏の間に修理をお願いしていた木製トンボが戻ってきた。それも新品のように生まれ変わって。
裏門そばの竹谷建設のご主人が、修理してくれたのだ。10本近くのトンボを、夏の暑さの中、修理するのはさぞ大変なことであったろ う。あらためて、この書面をお借りして、野球部一同お礼を申し上げます。


    9月30日

2年生が修学旅行に飛び立ったこの日、横浜スタジアムを借りることができました。だいぶ髪の毛が伸びた3年生とともに試合形式の練 習を行うことができました。3年生がのびのびと、笑顔で野球に取り組む姿が印象的でした。

ハマスタ1

3年生

ハマスタ2

1年生&3年生


    7月30日(水)

ひまわり

バックネット裏にある、「野球部ガーデン」の 向日葵がようやく咲きました。これを見られずに3年生が引退したのは、少々心残り。

下は、
712日の開会式の写真。なんだか遠い昔のことのような・・・あれから18日。

夏の神奈川県大会も本日いよいよ決勝戦を迎えます。両校ともに力を出し切った、ベストゲームができることを祈っています。


行進


    31期 良いチームを目指そう No3 卒業式 7月25日

  27期生の野球部卒業生O君が、今日、本郷台にある神奈川県警察学校を卒業した。私も、式に参列させていただいた。

 卒業式で、涙が あふれ出たのは、実は生まれて初めてだった。式が終わったあとも、しばらく涙が止まらなかった。あの姿や所作を見て、泣かない人間はいない!私はそう断言できる。本当に、参列させていただいて良かった。感謝の言葉しかない。

 高校在学中3年間、彼には1度も夏の校歌を歌わせてあげられることができなかった。彼の高校生活は3年間無遅刻・無欠席。引退後だって授業中に居眠りすることなど1度もなかった。卒業後も忙しい合間をぬって後輩の面倒を見に来てくれた。西部学区大会時の駐車場係までも、嫌な顔ひとつせず引き受けてくれた。人間的にも素晴らしい人物だ!

 警察学校の卒業式。6か月間と10か月間の2種類の在校期間生徒が同時に卒業する。警察学校の門をくぐる。35℃となろうかという炎天下、制服に身を包んだ何人もの生徒たちから「こんにちは!」。大きな、そして笑顔で挨拶のシャワーを浴びた。

 校舎に入ろうとすると、正面を向いていた2名の生徒が、こちらに向き直り、輝かしい笑顔で挨拶をしてくれた。校舎の中に入る・・・そして控室へ・・・途中トイレへ・・・全て「おもてな し」の心遣いが感じられた。式が始まった。起立も着席も一糸乱れず、一歩歩くだけで大きく手を振る。名前を呼ばれると、身体の底から大きな返事。1時間半の式中、頭は誰一人微動だにしなかった。書けばきりがないが、ひとつひとつの所作から、警察学校での訓練の厳しさがひしひしと伝わってきた。

 来賓の方の一人がこんな挨拶をされた。「卒業生のお父さん、お母さん。どうです?立派になったように見えませんか?でも、まだ形を作っただけなんです。中身はまだまだ・・・ これから立派な警察官として中身を育てて行って欲しいと思っています。」

 はっとした。私は野球部の指導で23か月という歳月をかけている。しかしながら中身はおろか、形さえも作れていないのではないか?わずか6か月、10か月でここまでの形を作り上げる警察学校の教官に比べれば、私の指導力の無さは歴然だ。

 卒業生の答辞が始まった。117名の卒業生の中に7名の女性が含まれているが、その一人だ。全身全霊を込めて読み上げるその答辞、涙が止まらなくなった。苦しい、苦しい訓練を仲間とともに乗り切ったのだ。

 式後、わずかな時間を割いて写真を撮ってもらった。この時すでに、彼の腰には手錠なども装備されていた。家族との別れの時間もそこそこに、彼はこれから勤務地へと向かうのだ。   

こんな素晴らしい生徒に出会えたことを、心から感謝したい。ありがとう!




    31期 良いチームを目指そう No2 勝利の女神 7月22日

2014717日(木)
2
回戦 @大和スタ ジアム        

                   H 計

武 相       011 102  000 10 5

上 矢部  100 000  00     0 1

 *H はヒット本数
監督マネ

この試合、1回裏、上矢部は先頭打者が四球を選び、暴投、送りバント、内野ゴロの間に1点を先取!中盤にも23塁のチャンスを作った。相手投手が代わった6回裏の123塁の絶好のチャンスを生かせず、場面は9回裏に入った。ここまで、上矢部の安打は0

 武相高校には春の地区予選でも対戦していた。あの時は、コールド負けだった。しかし8本のヒットを放った。今日はもう、コールド負けはない。しかし・・・

 9回裏、上矢部最後の攻撃。先頭は途中出場の3年H谷川に代わっ て、代打の切り札、3年のTが入るが、凡退。次打者は3年主将のK。1年間主将という重責を果たし、是が非でも打って欲しいと願っていたのだが、これもあえなく凡退。「このまま無安打で終わるのか?」誰もがそう思った。4番の3年U島が打席に入る。鈍い金属音を残した打球はセンター前へとフラフラと上がる。「落ちてくれ!」誰しもそう思った。・・・・ついに上矢部に待望のヒットが生まれた。 スコアボードのHの欄に、「1」が点灯された。スタンバイしていた代走3年のU海が1塁ランナーとなった。続く、3年エースナンバーFにもヒットが生まれ、212塁。「あきらめるな!」スタンドから大きな声援を浴び、次打者も3年のH川。奇跡を願ったその打球は、外野フライに終わりゲームセット。次打者の3年Iには回らなかった。

9回裏の最後の攻撃を、3年生のみで臨めた奇跡。そして3年生が最後に「死に物狂いで」放った2本のヒット!本当に「野球の神様は居るのだ」と私は鳥肌が立った。

しかしここで、絶対に忘れてはならない3年生がもう2名いる。女子マネージャーの碧と優だ。(上記写真、左が碧、右が優後ろは部長・監督)

彼女らは上矢部の勝利の女神だった。碧は3回、優は2回。2人で計5回もの夏のベンチ を経験した。

碧は1回、優は2回。ベンチで勝利の瞬間を味わえた。彼女らの献身的な支えが、あの「死に物狂い」の2本のヒットを生み出したのではないだろうかと私は思う。この場を借りて、2人に心からお礼を言いたい。今まで、本当にありがとう!

上矢部は3年連続で初戦を突破し、校歌を歌えた。しかし敗退した学校は横浜高校、桐光学園、武相高校。いずれも私学である。31期生のチーム作りにあたり、今までは言えなかった「打倒私学!」を高らかに宣言しても良いのだろ うか?

目標は選手が決めること。目標が人間(自分)を変える!私はそう思っている。




  闘


去る7月5日(土)の壮行会で披露された、
毎年恒例となっている女子マネージャーの千羽鶴。
今年の文字鶴は「闘」という、難しい文字を使ったものでした。
1年生から3年生まで6名で、一羽一羽、愛を込めて折りました。
本番の緊張、プレッシャーに負けることなく、
「闘」の気持ちを持って、勝利をつかんでほしいものです。


  いよいよ夏の大会


夏の大会まで3週間を切り、チームの士気も大いに上がってきました!
去る6月24日にはJ:COMさんからの取材も受け、
選手一同、改めて高校野球の注目度の高さを実感しました。
日ごろから上矢部高校野球を応援、ご支援してくださっている方々のためにも、
48人全員野球で3年連続の校歌を横浜薬大スタジアムに響かせます!

野球部TV


  母の日〜いつもありがとう〜


   5月11日(日)の「母の日」にあわせて、前日の10日に上矢部高校野球部では今年も
全部員が一輪ずつのカーネーションをご家庭にプレゼントしました。
 日ごろ、部員が野球に励めるのも、ご家庭の理解と協力があってこそ。感謝の気持ちを
忘れてはいけません。
 普段は恥ずかしくてなかなか言えない「ありがとう」。
 この日ばかりはちゃんと伝えることができたでしょうか? 




  野球部入部希望の皆様へ


 例年実施しております、野球部説明会を次の日程で行います。活動内容や経費、保護者会について、ユニフォームのサイズ合わせなどを 予定しております。部活動は、保護者の皆様のご協力抜きには成り立ちません。ご多忙のところ恐縮ですが、是非、保護者の皆様のご参加 をお待ちしております。
 なお、この日にご都合がつかない方は、4月26日(土)に保護者会総会がありますので、この際にご説明させていただきます。

 野球部説明会
 平成26年4月12日(土)10:00〜11:00 本校教室にて
                   (会場は当日ご案内します)
 生徒のみの参加でも結構です。


  平成26年4月1日


 新年度スタートのこの日、修理をお願いしていた木製トンボが、ピカピカになって返ってきた。修理をしてくれたのは、例年お願いして いる、竹谷建設さま。ご主人から「頑張って甲子園行けよ!」と励ましてくださった。こんな時、良い結果の報告ができずに辛い。先週実 施された春季地区予選リーグ。1勝2敗で県大会の出場は叶わなかった。竹谷さまのご恩に報いるためにも、夏は必ず良い結果を残すぞ! 部員・スタッフ一同、心に決めた夕暮れだった。


  平成26年3月27日


 新入生(32期生)の皆さんへ

 
                                県立上矢部高等学校
                                野球部 顧問一同

 合格おめでとう。いよいよ4月から君たちの高校生活が始まる。
 『高校生』なんと良い響きだろう。古ぼけた言い方だが、君たちの『青春時代』がこれから始まるのだ。

 2か月前、不安な日々を過ごしていただろう。わずか2か月前だ。受検のあの日、それは大雪だった。でも皆、必死にやって来た。保護 者の方が、どれだけ君たちのことを心配したことか。そして1か月前、『合格』を手に入れた。嬉しかっただろう。本当におめでとう!心 からそう思う。君は良く頑張った。

 では、聞くが、この1か月間、高校生活を充実させるため、何かを新しく始めた人はいる?
 では、聞くが、死に物狂いで努力して掴んだ『合格』だった人はいる?

      答えは聞くまい  
   人はそれぞれ  それでいいのだ

 では、聞くが、上矢部高校での『高校生活』、君は何を頑張るのだ?
 では、聞くが、上矢部高校での『高校生活』、そこで君は何を身につけるのだ?
 高校生になったら、「受け身」の生活では、きっと後悔するよ。
 高校生になったら、「積極的」にチャレンジしないと、きっと後悔するよ。

 もちろん、嫌な事、傷つくこともたくさんあるかもしれない。でもそれが『青春時代』なのだ。かけがえのない友ができるのも『青春時 代』。苦しい時、辛い時に一声をかけてくれる友。嬉しい瞬間に、一緒に喜んでくれる友。そうした一生モノの友を得られるのも、
     『青春時代』=『高校生活』

 上矢部高校で、かけがえのない友を、たくさん作ってください。でも、それは、辛い事や苦しいことにチャレンジするからできるので す。ともに学び、ともに苦しみ、ともに努力をするかけがえのない『青春時代』を過ごしてください。

 そのためには・・・部活動に入りましょう。勉強も頑張りましょう。新しい自分も作りましょう。かけがえのない友を、たくさん作りま しょう。たくさんのことを、自分から積極的に作っていきましょう。
 もし、君たちとグラウンドで、野球部で、お会いできたら、私たちはなお嬉しいです。


  平成26年3月11日


 入学予定の皆さまへ

 合格おめでとうございます。
 野球部では、今年も多数の新入部員を迎えられることを心待ちにしております。
 さて、例年実施してきました、野球部説明会ですが、今年は公式戦の日程と重なり、入学後に行いたいと思います。詳しい日程は、部活 動見学時に生徒を通じてお知らせ致します。
 なお、以下の日程で上矢部高校グラウンドにて練習試合を行います。見学は可能ですので是非お越しください。

3月15日(土)13:30〜
  16日(日) 9:30〜
  21日(金)13:30〜
  22日(土)13:30〜
3月26日以降の春季公式戦につきましては、神奈川県高野連HPをご覧ください。